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月別: 2015年1月

視点・論点 「色覚と社会の認知」

記事の分類:管理人からおしらせ

視点・論点 「色覚と社会の認知」

NHKの<視点・論点>に、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構
副理事長 伊賀公一氏の解説がアーカイブされました☆

もともと「色の見え方」という人の主観を、異常だ正常だと判定すること自体、もうぜったいに無理のある話でした。とはいっても、サイエンスの立場にしたら、遺伝子という現象を扱っているにすぎないことではあるわけで。わたしも一時期はサイエンスを目の敵にしていた時期もあったけど、色弱者の人には大のサイエンス好きが多いので、すごすごと引き下がってみたり笑

要は、誰が、どういうスタンスで語るのかで変わってくるのが色覚だし、あるいは身体・感覚器官なのか? とか、いろいろ考えました。

しかしそんなことよりも、日常を生きる生活者としての色弱者にしてみたら、不便なことや困ったことは、できるだけ抵抗なく言える/訴える ことのできる世の中がいい世の中のはずです。※

そのための助けとしても、こういう解説がひとつ、NHKの<視点・論点>に加わったことは心強いです。色弱者について理解の少ない状況に出会ったら、このURLを参照してもらってもよいですね。NHKは、なんだかんだ文句をいわれつつも、日本の公式見解と位置付けられているはずですし。

にしても、多様性とは、「多様であるな」とする圧力とたたかうことを意味しますね。廃止された色覚検査にしても復活を唱える声もあるそうです。「異常は異常と早く知るべし」「異常とわきまえて生きるべし」という意味の声なのかと邪推します。

もともと色覚検査は、多様性を前提として行ってきたわけではなく、異常のレッテル貼り、というのは言い過ぎとしても、検査後、当人の不便を緩和するための環境整備をするとか、あるいは本人に、色彩・色デザインについて教育をするわけでもなく、ほんとに無目的なものでした。

で、そのことに、皆が途方に暮れて、どうにもならなくて廃止になったわけで。
一部に「人権厨が廃止に追い込んだ」的なこと書いてあったけど、そんなものではないでしょう。

えーーと、話が長くなってきました。

まだまだ、パイロットのお題の答えは、わたしには出せてません。

なんだかんだいっても、面白い話なんです。色は、光は、そして人は。

とにもかくにも、カラーユニバーサルデザインCUDOさん、頑張ってください。

※(この解説では、「色弱者は、一般の人が配色による利便性を享受していることに気づいていない」という点を、まずひとつの問題点としてあげているため、不便かどうか以前にも問題が)

72時間後の周囲の関心は、人質4:サッカー4:錦織4:・・・

記事の分類:日記

今日の午後は、例の「イスラム国」人質事件の締切、というか、あっちが予告してきた72時間後だった。

テレビでは人質になったジャーナリストの母親が会見で話し、それを見ていた患者さまの眞砂さまが「かわいそうに」と泣いていた、という。そう教えてくれたナースのTが言うに、「お母さん、すごくキレイな人だった」という。
わたしはそのテレビは見れなかったので、スマホで、ネットやツイッターに書かれた感想を読んだ。

すると、驚いたことに、そのお母さんはひどく悪口を言われていた。どうやらかなりエキセントリックな人物らしかった。エキセントリックかつ微妙かつ母性の欠落した人物と、受け取られているらしく手を抜かない罵詈雑言ぶりだった。つくづくツイッターとは胸糞の悪い場所だと、これほど思ったことはない。

さらに、とある映画監督(だと思うけど、よくはわからない)が、「後藤さんのお母さんの悪口を聞くと悲しくなる」とツイートしていて、それもアホかと思った。悲しいという言葉は後藤さんが殺されたあとに言うべき言葉。赤の他人の母親の悪口を言ってるようなバカの発言に対して洩らす感想ではない。

ほんと、いろいろと、イヤになった72時間後、だった。

追記:ついでに言うと、ナースのTってのがまた、イラつく同僚で・・・・以下略

「警察の捜査が、湯川さん後藤さんの危機的状況を引き起こした」〜ジャーナリスト・常岡浩介氏が会見

記事の分類:政治系

【全文】「警察の捜査が、湯川さん後藤さんの危機的状況を引き起こした」〜ジャーナリスト・常岡浩介氏が会見 (1/2).

なんてこったろ。
つまり、チャンネルはあったんだ。もとから日本(の民間人)には。
つまり、「イスラム国」の人間は最初から血も涙もない悪魔、なのではなく、コミュニケーションの成り立つ相手なんだ、本来は。

ただ、彼らの掟の中にはこっちから見たら残虐なのもある。

言ってみれば、150年前の日本人が切腹していたように。

怖いなぁと思うのは、コミュニケーション回路を、公安部外事第三課はじめとして、追随するマスメディア(が存在するかどうかわたしは未確認だけど)が潰し、あくまでも悪魔としての「イスラム国」と位置付けるとき、

こうやって戦争って始まるんだなあという、典型的な状況になるんでわないか、ということだ。

「イスラム国」が悪いのはもちろんだし、それは常岡氏も言っている。

それでも・・・

「決死救命、団結!」—希望の牧場・吉沢正巳の訴え(前編)

記事の分類:日記

「決死救命、団結!」—希望の牧場・吉沢正巳の訴え(前編)

てっきり吉沢氏は警察から迷惑がられる存在かと思っていたが、警察の人も心をもった人間だった。警官の本心までさらけ出させる吉沢氏の人間ドラマ、迫力ある。

何より、
牛がかわいいなあ。

食すことについて。
ほんと難しいんだけど。
牛はしょせん殺して食べるのだから、と考えがちで、そのためのわかりづらさがある。けど、人が食べるのは、牛の命をもらって自分が生きるということなので、見捨てて餓死させることとは、根本的に違う。

命命と言っても、命にわたしの言葉が追いつかないのだけど、今はそんな風に、考えている。

昨日のこと。8500キロ離れている「イスラム国」からの便り

記事の分類:戦争系

昨日の夕方

相撲の下位力士たちの取り組みを、患者さまの佐間さまと並んで見ていたのに、ピンポンと音がなったと思ったら場面が変わって、臨時ニュースが始まった。

鮮やかなキレイなオレンジ色だった。シフォン(?)のようなフワッとした柔らかい素材で。かすかな風にハタハタとはためいて、それで、よけいに繊細でキレイに感じた。

こういう儀式めいた状況の時に着せる専用の衣装なのだろうか?
もちろん人質男性ふたりの着ていた服の話。日本人だったらきっと白い衣装を着せる。赤い血が映えるように。

佐間さまと並んでいる席を離れ、わたしはふたりの人質の表情を読み取ろうとテレビのそばに寄った。YouTubeだから画質がよくない、ということなのか、近寄れば近寄るほど粒子ばかりが目に入って余計に読み取れなくなった。

もう一度離れて見た。それでも、彼らの顔からはどんな感情も読み取れなかった。取り乱すような風はないし、恐怖も読み取れない。ことによったら「グル」じゃないのかと思ったが、わからないものはわからない。

そのうち、まわりに人が集まってきて、2chぽい論評をかまし始めた。わたしは「こんなの自己責任だよ」と言い出す人が現れるのじゃないかと、ハラハラした。それに同意するわけにはいかないからだ。かといって、このよく知らない二人を擁護する気になれず、ひとりでモジモジしていた。

が、同僚たちはこういう時の反射神経は早い。「テロに屈することになるから金は出しちゃダメ」とかいろいろ、意見していて、ちょっとした活発な場面が生まれた。案の定「自己責任」と言い出す間抜けな人が一人いたが、「それでも日本人だから、助けないとダメじゃない?」と、あまり気は進まなかったが意見してみたが、今思い出しても力強さに欠けたな。

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家に帰ってラジオを付けた。
安倍晋三首相氏がちょうど今イスラエルかどっかの中東にいるらしかった。
ラジオなので顔は見えないけど、安倍晋三首相氏の話の内容は、さほど見当違いには聞こえなかった。
相変わらず著しく「リアル感」のない話しぶりだから、軽視されるのはやむを得ないとはいえ、それに、役人が考えた原稿を読んでいるのかもしれないとはいえ、安倍晋三首相氏は案外やれば出来る奴なんじゃないかと、思った。
少なくとも、日本が平和を守る国だということと、支援金は殺戮のためじゃなく、かの地の生活支援のためであるとは、ちゃんと主張していた。

ここまでが昨日の話で、それ以降はどうなったものか。

あのオレンジのシフォンが、血に染まらないことを、願う。