相馬市の訪問看護センターがナースを募集中です

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ホームページがあるのでそちらを見てください。クリックで大きく表示されます。鞄に押し込んだのでシワシワ汗

先日、郡山で開催されたせいしん科看護の学術集会に行ってきました。

とても面白い話しが多数聞けました。

その中で一つここで報告したいのは、日本のせいしん科は世界で一番入院数が多い(つまり病院に閉じ込めている数が多いし人権軽視している)と、批判を受け続けて来たわけですが、確実に、一歩、一歩と改善の道を歩んでいる、ということです。

日本の中の例外としての都心で起きている現象、というわけではなく

全体の道のりは遠そうではあるけれど、前進しているのは確かです。

さて、この話しの続きはまたの機会に譲るとして。

福島のせいしん科について、昨年も相馬の方がお話ししてくれたのですが、今年は女性の登壇者が目立ち、さらに充実していました。

福島、とくに相双地区の訪問看護の方の発表です。

本来、せいしん科訪問看護は入院外の患者様(メンバーさんとか、何か他の言葉を使っているかもしれません)のお宅を定期的に訪問するシステムですが、相双地区ではせいしん科のしばりをとっぱらい、仮設住宅に住む人たちを訪問するなどの活動を行っています。

実は今現在、本住宅の建設が着々と進んでいるため、この6月で仮設住宅への支援は中止になる、とのこと。ただ新しい住宅は、大家族がいっしょに住めるような作りではないようですが。

今まで、仮設の暮らしに慣れていたものをまた変わるということは、仮設で培った仲間意識というか、人とのつながりが絶たれるということなので、寂しいものがあるそうです。

とはいっても、本物の住宅は仮設の側に立てているので、いちおうそこはさほど深刻ではないようです。

しかし、仮設ではないからといって、気持ちはやはり「避難している」というものだそうです。
好きで移り住んだわけではない以上、今までもそうだったように「避難している」意識は消えたわけではないそうです。

そして、震災から4年以上が経過し、気持ちが楽になったというよりもむしろ、今になって何か言わないではいられなくなった、という方がいるそうです。

相双地区のナースは自身も被災者であることが多いだけに、今またもう一度あのつらさを受け止めねばならない厳しさがある様子でした。

そのための、マンパワーは大変に不足しているそうです。

そこで僭越ながら宣伝です・・・

自分が被災者というわけではないからこそ、話しを聞いて受け止められることも多いと思うので、ぜひナースの募集に応募してみてください。

わたしも行けたら行きたい気持ちはあるのですが、普通免許を持っていないうえに准看なので資格要件を満たしていません・・・・・ああ中途半端な自分・・・・
と、嘆いてみてもしょうがないので、こうして広報役くらいは、と考えた次第です。

こちらから聴き出すというよりも、相手の方が話したい、喋りたい、語りたい、という気持ちになった時に、受け止める、あるいは、そうしやすい環境を作る、
といったことかと思います。

発表の方は、「東京ではもう、震災のことも原発のことも忘れかけていると思います」と言っていました。

それを非難しているわけではないですし、忘れないでと懇願しているわけでもないのです。ただ、そう言っていました。

忘れないでいることが、すなわち哀れむことや好奇心になられても困るからかと思いました。

求めていることはそういうことではないのでしょう。何が求められているのか、それをハッキリと知ることは出来ませんでした。

いえ、一つ、確実に求められたことがあります。

マンパワーです。

「取り残されるのは高齢者や障害者」なのだとも言っていました。そのことに危機感を覚えているのだと思います。

昨年の登壇者は問題の「先鋭化」が震災によって起きた、と言っていました。

震災前からあったこと(過疎化など)が、より先鋭化した、ということでした。

たぶん、先鋭化がまだ続いているのだと思います。

4年が経過して、よりよくなった、明るくなった、楽になったということはないそうです。さきほども書いたように、4年経過したからこそ、PTSDとは言わないけれども、出てきている人々の心のありようがあるようでした。

 

mail:info@annaka21.netへ連絡してくれてもOKです

郡山は不思議な街。メインストリートの廃れ方ハンパないのに路地へ入るとにぎやかにぎやか。しかも酒と食べ物が旨い!!(^o^) それとは関係ない話しだけど・・・

福島県郡山市へ行ってきた。さいたまけん大宮から新幹線で一時間弱。近い近い。

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初めて行った郡山、最初に感激したのが駅構内に飾ってあったコレ↑↑↑↑「会津唐人凧
一目見て「や・これ、朝鮮通信使じゃん、唐人じゃん、会津の人も朝鮮通信使の行列を見物に行ってたの!!??」と興奮していた自分。

ちなみに説明すると、朝鮮通信使は1607年~1811年の間に12回日本を訪れた朝鮮からの使節団。ルートは、ソウルー対馬半島ー下関を通って瀬戸内海を海路ー大阪あたりで上陸ー京都ー大垣ー名古屋ー静岡ー箱根から江戸。

目的地は江戸なので通常そこまでだけど、徳川家康を祀った日光東照宮に三回訪れている。一回目は1636年、人数は217名。

さいたま県川越が、「川越唐人揃え」というお祭りを毎年11月に行っているのだが、これが明治時代に入るまで行われていた朝鮮通信使の仮装行列を、2005年から再現したもの。(明治になって中止になっていた)

江戸までしか来ない通信使の仮装をなぜ川越で? と思ったら、川越の商人が江戸に見物に行き、いたく興奮&感動し、地元でも再現しようと企画したものが恒例化した模様。

江戸時代、すでに浮世絵などの出版をしていた日本であるから、通信使の情報も広く行き渡っていたのだろう。

そうなると福島という、蝦夷というには板東に近く、板東というには北過ぎる中途半端な位置ながら、通信使が来るぞという情報のもと、江戸かもしくは日光か、もしくは両方見物に行ったのではないか。

でもって見物したらドえらいインパクトを受けてしまって、思わず凧にしちゃったんじゃないか。

などいろいろ想像をめぐらしたら(ええあくまで想像です)、歴史浪漫過ぎてクラクラしたのであった。

 

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凧の下の説明書き。戊辰戦争の時に上げた会津唐人凧の絵。
なぜ上げたのか、その理由はわからない。(説明書いた人もわからない模様)
後日ネットで当方が調べると、会津唐人凧の由来もよく分かっていないらしい。

凧自体の由来は忘れられても、会津の人が大事なときに上げた凧である歴史は確かだ。

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こちらは東京新聞(2015年3月29日)の記事。2年おきに開かれている、朝鮮通信使を再現しソウルー東京間をみなで歩くイベント。今年は世界遺産登録祈願もアピールした。


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郡山とはあまり関連ないことupしてすみませんでした

「景気回復だけじゃブラック企業はなくならない」という対談記事を読んだ。てっきり不景気のせいでブラックなのかと思ったら、違うらしい・・・

『ブラック企業』『ブラック企業2』書いた著者

景気回復だけじゃブラック企業はなくならない | 今野晴貴

2012年に『ブラック企業』、今年3月に『ブラック企業2』を出版したPOSSE代表今野氏と、シノドス編集長・荻上氏との対談だ。

一万字以上もある長文記事なので読み出すの億劫だけど、意外と苦痛感はなく読み進められた。

ブラック問題を言い出すと当初は、安易な「そんなところ辞めればいいじゃん」との反応が主流だったが、最近はコマが一歩二歩と進んでいる様子がうかがえた。
今野氏が成果として大きく挙げたのは、2013年8月、当時の厚労大臣が記者会見で、「ブラック企業は問題であり、政策を打つ」と明言したこと、だという。
政治の舞台にのったのは、本当に大きな成果だ。

余談だが、不肖自分も17年前に色弱サイトを始めあーだこーだと国のとっている教育態度を批判したものだが、それだけでは何も変わらない。
具体的に変わったのは、いろいろな働きかけで、とある政党が動いたからだ。政治家の力は、ほんとうに強い。いくら不満をネットで言っていても、ガス抜き程度でしかない。
(政治うんぬんとは関係なく、言葉を模索したり積み上げていくことや、言語化によって現実を構築していくことはイコール生きることでもあるので、もちろん最重要なことではあるが、複数の利害が絡み合い拮抗しあう社会だから、それだけで何かを変えるのは難しいのだ。)

政治を動かしてこそ、変化の射程に入ったといえるはずだ。

ちょうどその間に、若者の「使い捨て」が疑われる企業等に対する取り組みを強化すると厚生労働大臣が8月に記者会見を行い、9月にその取り組みが実施されます。2014年には過労死等防止促進法が成立し、勤労青少年福祉法の改正でブラック企業対策の法律が制定に向かっています。

ブラック企業の何が問題かを一言で明快に言うなら、「新卒の正社員を使い潰して利益を上げるという方法論が広がってしまい、過労やパワハラによって、体を壊したり鬱病になる若者が増えている」ことだと言う。

どうしてそんな方法論が広がってしまったんだろう?
この記事のコメント欄にあるように、「8時間で成果が出せない低いレベルの人材」だからなのか? だから最近しきりに「経団連が求めるような教育を大学で」みたいなコトを言ってるのか?

けど、理由が何であれ、人を使い潰して利益を上げるという方法論なんかダメに決まっている。
——決まっているというか、ダメである理由を労働力不足問題、税収不足問題、医療費増大問題等々から、きちんと説明していき、経営者や政治家に訴えている氏なのである。

荻上氏が冴えたことを言っていた。

社会運動って、かつては「階級」を前提とした闘争があった。人が生まれながら固定的な役割を押し付けられて、その構造のなかに絡めとられてしまう状況を改善しようという。

ただ最近は、人はいつでも、あるタイプの困難に陥ることがありえるという、「生活モデル」的な運動になってきている。
誰もがいつ困るかわからないという想像力を、今困っている人がいつか困る人たちに対して、どのようにシンパシーを広げていくかという社会運動が、いま各所で広がっていると思うんです。
問題を固定階級化するのではなく、あなたの問題でもあるんだという語りで、個別実践の中で人々の生活を改善していくという。

自分の会社はブラックじゃないからブラック企業問題は無関係、じゃなくて、自分にもつながっている問題としてとらえる。考える。
あるいは、そのようにとらえさせるような、投げかけの仕方っていうか。

だからときどき思っちゃうのは、窮状に陥っている人を見ると(たとえばホームレス)、「あんた、人が困っている時に何も考えなかったでしょう!?生保の人を見てバカにして罵っていたんでしょう、だからめぐりめぐってこういうコトになるんだよ」みたいな。

別に、証拠があるわけじゃないのに、そういう「ストーリー展開」として想像しちゃう時がある。

どっちも同じ想像力を使うけど、想像力は使い方を間違えると変な方へいってしまうので、注意が必要だ。あと、経営者でもないのに「(マクドナルドの)時給を1500円にしたら潰れちゃうよ」とか正論ぶって言う人がいる。そんなことは経営者が自分で考えるよって。なんでそう、経営者サイドの想像力働かせているんだって。よほど強力な労働組合員とかならともかく無力も無力のペーペーのくせに言う。けっこう若者に多い。

経営と両立しないことってたくさんある。たとえば看護。病院経営のことを考えてたら、ちゃんとしたことやれないよ? 放っておけば具合が悪くなるからどんどん薬飲ませちゃえ儲かるし。人権もどうでもいい。どうせ家族だって文句言うわけじゃない(のもいる)んだし。

家族が文句を言わなくても人権は人権。な、わけですよ。経営上不利になっても、人権は人権。な、わけですよ。

残業代ゼロ法案について

話しの後半は景気がよくなったからといって、ブラックはその方法論を変えない、という話しと、「残業代ゼロ」法案についてだ。

上でも述べた通り、ブラック企業は労働者をとことん使い潰すという方法でやっている。ある意味、どんな素人経営者でも思いつくような働かせ方だ。なので、景気の良し悪しは関係ないという。

改善していくためには、

  1. 人権感覚が社会的に浸透
  2. 何かイレギュラーな事態が個人に降りかかったときに、通報する連絡先を拡充する必要
  3. 労働法などのリテラシーを高める取り組み

以上がないと、ブラック企業は生じてしまうと。

また、一時期、超高給取りだけが対象と思われ、それゆえ自分には関係ないと多くの人が思った「残業代ゼロ」法案も、実はいわば「名ばかり管理職」の合法化とのこと。
「名ばかり管理職」は、2014年の総務省労働力調査では、全産業の管理的職業従事者が 142万人、販売従事者の中の営業的職業従事者が342万人だからかなりの人数が対象となる、らしい。

そんなで氏が強調していたのは、「残業代ゼロ」法案は労働力の「定額使い放題」なのだという、恐ろしい話しだった。

また、政治家でも運動の人でも誰でも、『ブラック企業2』におさめたたくさんの事例を、ブラック解消のために使ってくれていい、といわば著作権フリー宣言もしている。

でもって、差別の解消はボトムアップででしかできない、という現実の厳粛さも指摘していた。

何も言わなくても自然に良くなる(もしくは淘汰されるとか、神の見えざる手が、とか、トリクルダウンとか)ということはないし、これからますますそういう時代になる。その代わり、解消を目指すならば、やり方はいろいろある。


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おおまかな説明になってしまったけど、だいたいそういうコトを語っていた対談だった。

自分もしていたブラック発言(ささやか)

昨夜ブラックバイトの話を書いたが、今日は自分がブラックっぽい発言をしてしまって我ながら苦笑した。

というのも、職場の人員不足が改善するどころかさらに悪化、今日またひとり体調悪化で入院することが決まった。
そのため、その人の夜勤を誰が代わる、代わらないですったもんだ。わたしにもお鉢が回ってきた。
「アンナカさん、ここ準夜勤やってくれなーい?」と副主任が指差した勤務表の先が、ぜったいに休みたい日だった。
悪いがきっぱり断った。
少し余裕のある時ならショウガナイから引き受けていた。が、もうわたしは限界。無理。疲れた。
幸い、それ以上強引に頼まれはせず—かといって代わりがみつかったわけでもないので、後日また頼まれてしまうかもーーーことなきを得た。

「ほんとにもう、早く求人広告出してほしいよ、給料とボーナス上げれば来るんだよ、あと送迎バスを出せば。このぶんじゃ来月も定休の9日がとれるかどうか。やだなー9日なんてぜったい少ない」

と、とりあえず目の前にいたアラフォーの同僚に愚痴ったところ、

「休みが取れないの、いやですよねー あたしは8月は連休とって、おかんと旅行に行きたいんですよねー」

という。

この人は5月も連休(確か5日)とって、「おかん」と草津温泉へ行っていた。

「また行くの? 連休なんか取らないで働いてよ~ その分こっちに来るじゃない!!」

そう、つまり昨日の、「そんな暇あったら働け」論だ。

自分で言ってデジャヴに襲われたため、よくよく思い出すと昨日そんな話を自分で書いていたのだった。

ただ、あれは学生のアルバイトならではのブラック問題ではあるので、やや様相は異なるのだが。

思うに、休みには三種類ある。

1.次の仕事のための休み
—適切に休みを取らないと次の仕事に差し支える。なので仕事のための休みといえる。この休みはむしろ仕事、職場、会社のためのもの。

2.家事労働など、職場外での仕事のための休み
—各種料金払いこみ、家族のために動く、町内清掃など。金銭の対価があるものばかりが仕事ではない。

3.上記以外の純然たる休み
—自分の趣味や娯楽、旅行のため、将来の目標のためなど。もちろん無為に過ごすのもあり。

1と2と3は、休みといっても性質は異なる。
本当に休みといえるのは、3だけだろう。
しかし、ここの部分が個人の経済活動とも重なるため、社会全体にとっての重要度は高いはずだ。
(趣味や娯楽や旅で金を使う。さらには、美意識の高まりにより家具や絵画など高額なものを買う、など)

いかに、休みがじゅうよーーーーっかって話である。
重要、おもいかなめと書いて重要。

休みについて見直そう。
とにもかくにも見直そう。

そんなで、思わずブラック発言をしていた自分だが、非モテアラフォー女子の休みにケチをつけるくらいなら、ここは正々堂々と幹部のみなさんに、人員を増やしてくれるよう交渉すべきだと思った。

彼女がとる連休は、定休と夏休みや有給休暇をつなげて取るものであって、別に無理なわがままを通すものではないのだ。

考え方を変えないとなー!!と、思った6月16日火曜日だった。

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写真は、仲の良いJR職員さん。ほほえましいですね

ラジオで「ブラックバイト」について聴いた

夕飯時にラジオを聴いていたら、大学生を襲うブラックバイトの恐怖についてやっていた。
ブラックバイトとは、例えば、正社員と同じくらいの仕事量や責任を押し付ける、あり得ない残業量、制服などを自腹で買わせるなど。大学生は就労経験が少ないから、「仕事とはこういうものなのか」と思い、従順になってしまいがちと。
さらに、昔の大学生は趣味のための小遣い稼ぎであったが、今は、バイトしないと大学の学費が払えない、つまり大学に通えないからバイトしている。

それなのに「学校に行く暇があるなら仕事に来い」というトンデモ理屈で働かせるというのだから、たまったもんじゃない。大学に通うためのバイトのために大学に通えなくなる、というのだから。

さらには、就活のための活動や面接をしようにも、「そんな暇があるなら仕事に来い」で行けないケースもあるという。そんなで就活しそびれた学生は、結局ブラック企業に就職する確率が高いというのだから、どこまで負のスパイラル。

一緒に聴いていた末次郎は、恐怖を振り払うかのように、「そんなところ逃げちゃえばいいのに」と単純かしていたが。

おそらく逃げる、こともできない何らかのレトリックやブラック心理学めいたものを用いて罠にでもはめるような働かせ方+本人も生真面目+せっぱつまって金が必要、などの要素が重なり合うのだろう。

おそろしいことだ、金がないということは、そしてそこへつけ込まれるということは。

★ ★ ★ ★

もしもここを読んでる人で、「自分がブラックバイトをさせられている」と思った人は、誰かに相談しよう。

相談相手がいなかったら、市役所とかに該当する課がある。

大学にも該当する窓口があるはずだ。

ブラックバイトは、犯罪。

断固としてそういう意識を持っていよう。

経済産業省はおバカな日本文化PRパーティーをやるくらいなら、カンヌに参加する女優達の衣装にもっと金を出すべき¥\(・o・ )do-zo

是枝裕和監督「怒ってます。」 ブログに記載、何があった?(ハフィントン・ポストより)

是枝監督の怒りは、二重構造である。最初は経産省に。二度目は文春に。

5月18日に行われた経済産業省後援の日本文化PRパーティーを欠席したと報道。その理由として、日本がこのパーティーを含めた一連のイベントで紹介したのが、くまモンやミニフィギュア「コップのフチ子」など映画と関係のないものばかりで、是枝さんがその演出方法に賛同できないため

どーーして映画の祭典にくまモンやミニフィギュア「コップのフチ子」なんかを持って行ったんだヨ経産省は。恥ずかしいヨ。何も生み出せない役所の役人が恥だけはまき散らしに行くってのは、もうダメでしょ

映画や映画監督、女優の方が偉いの。
生み出し、作り出す人間の方が偉いの。
ぜんぶフラットにしてあげようという変な平等心が、事態をおかしくしているんだ。
経産省のお役人は、国家の召使いというだけで、何も偉くないの。
召使いさんも存在していないと困る。それは確かだから認めなくてはならないけど。
それなりに大変な仕事だろうから、給料も高いし、公務員という安定的!!(ここ重要)な職業。

だからって、偉いわけではないんだから。
映画と、作り出す人間をもっとリスペクトして、そのためにガンバんなよねほんとに

以上が記事を見てわいた怒り。んで!!!!

この記事の下にあった写真集見て、さらに・・・・

なんだこの、美しくない衣装は?

なんだこの、身体のラインを隠しまくる防衛的な衣装は?

夏帆なんか青、ぜんぜん似合ってないし
長澤まさみの着ているの、なんだその地味なの!!!
広瀬すずは未成年だからこのカワイイのでいいけど
どうしたの?綾瀬はるか。ちっとも素敵に見えないよね。
いっそ和服でいいよ、白人に比べてスタイルに自信がないっていうなら。
お金をケチられたってことなのかなあ?(和装は高いから)

ひょっとして、女を武器にするのやめて表現者・アーティストのつもりなのかなぁ?
それにしちゃダサいし・・・・

一番考えられるのは、四人で相談し合って、いかなる嫉妬も羨望も生み出さない『海街diary』的な平和なカッコウにしようねって決めた可能性かな。日本的な和の精神で、誰かが特別に目立たないようにした、という。

けどさ、日本的な和を尊重してより素敵な方へ行くならそれもいいけど、下方へ行くならやめてほしい。

『海街diary』を見る気がしなくなるじゃないか


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