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月別: 2015年7月

野火をみた

記事の分類:レビュウ

先々月『私の少女』を観に行った渋谷ユーロスペースで見る気でいたけど、立川市の映画館でもやっていたので、そちらへ行ってみた。

とはいっても、圧倒的にユーロスペースの方がこの映画の上映に力を入れていて、一日に5回もやるうえに8月4日まで確実にやっている。

立川の方は、一日一回12:55からのだけで、しかも30日には終わってしまう。

それでも、チケット売り場に行ったらすでに満員近いので席がココとココしかないと言われ、えらい前の方の席になってしまった。ただでさえ見るのに緊張する内容なのに、眼前であんなのが繰り広げられるなんて・・・・とたじろいだ。

(あんなのというのは、ずっと以前に『野火』は読んだことがあるので、あらかじめイメージはわいていた)

簡単にストーリーを言うと

第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。だが負傷兵だらけで食料も困窮、少ない食料しか持ち合わせていない田村は早々に追い出され、再び戻った部隊からも入隊を拒否される。行き場を失い、果てしない原野を一人彷徨う田村。空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら彼が目撃したものは、想像を絶する地獄絵図であった……。

movie walkerの野火より

この映画はそのものズバリ、変な芸術表現やヒネりはなく直球一直線でコテコテの地獄絵図を描いていた。そのものズバリすぎて、その素直さに驚いたくらいに。大岡昇平の小説は内容は過酷でも高度に知的で品格があって、その分ズーンと心身に堪えた記憶がある。ことに忘れられないのは、「猿の肉の干物」を食べるシーンで、これは『野火』を読んだ多くの人がそうじゃないかと思う。

飢えに飢えていた身体に猿肉の脂が染み通るシーンだ。飢えることの怖ろしさが、飽食の身にも実感されたシーンだった。

映画だと、観客は視覚を使って見るという行為なので、内分泌系のことまでは見えない以上関知できない。そのため、単に空腹のところへ食べ物が入った、とのみ認識しそう。

が、人体は奥が深い。そんなものじゃない。「見てる人、分かってるかな~」とエラそうながらちょっと心配になったが、そんな余裕はこいてられなかった。ウジのわいたまだ生きてる死体とか、ゾロゾロすごいことになっていくし、現地女性に叫ばれたりと大変だったからだ。

猿の肉が実は人肉なんじゃないかという疑惑がわいてくるのが原作だった(たしか)で、そうだとしても敵の肉ならいいじゃないか、あるいは現地の人間の肉ならいいじゃないか、という飢餓ゆえの「倫理的妥協」がじょじょに、どんどん崩壊していってもう仲間でもいいや、同じ日本人同士でも関係ない、となっていき、お互いの顔を見て「美味しそう」と思えてくる。

という展開かなあと予測したが、さほど、そんな人間心理ドラマめいたことには踏み込んでいなかった。

そうなると一番感じた残りのことは、状況ってことだった。

いったい、誰のせいでこんな目に合っているんだよ? と、見てて思った。

おりしも、わたしの手には『日本のいちばん長い日』のチラシがあった。
8月8日公開の映画のため、予告編でも流れた。
日本軍の上層部と天皇が、終戦の決断をどうするかとゴチャゴチャやってる映画みたいだった。
それどころじゃないだろうって。
何が「いちばん長い日」だって。
ぐずぐずいつまでも戦争を終わらせないから、こんなひどいことになっちゃって。
これがまだ、敵が日本本土に上陸して、そこでの戦いをしている状況ならわかるが、なんだってフィリピンの島まで行ってこんな目にあってるんだ。現地の人間にすさまじい恐怖と憎悪を植え付けてまで。

いくら別の映画とはいえ、同じ太平洋戦争の時代なのは同じだ。「終戦の決断に苦悩する陸軍大臣」とか、「国民を案じる天皇」とか、「聖断を拝する首相」がいくら悩んでたとしても、ここまで踏んだり蹴ったりじゃないはずだ。

まー見てもいない他の映画を引き合いに出すのもどうかと思うので、それはいいとして。

主演しているのは、監督自身とのこと。『野火』への道によると、

 積年の夢だった映画『野火』について語る際、塚本晋也監督が必ず口にする言葉がある。「唯一残念なのは、自分が主演ということ。相当なガッカリ感でスタートしました」

 そう聞いて笑ってしまう人が多いが、これは製作者でもある塚本監督の、市場を見据えた本音である。「『野火』は多くの方に観ていただきたい作品だったので、皆さんが知っているような著名な方に出てほしかったのです。でも、現実的には厳しかった。

積年の夢をかなえ『野火』を映画化できたこの監督はすごいと思った。「この映画が作られたこと自体がニュースであり事件」といっていい映画。戦争映画だからといって、堅苦しく考えないで見れると思う。「反戦」をことさら打ち出している映画でもない。戦争賛美映画ではないのだけは確かだけど。

ただ、この映画の最後は、わからなかった。
あれは、どういう気持ちのものなのか。


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◆『野火』を読んだの相当むかしなので、間違いあるかも。
◆『野火』はごくごく薄い本なので、読みやすいですよ~ まだの方どうぞ

PART2『橋本治という立ち止まり方』を読む、という立ち止まり方

記事の分類:レビュウ

前回は記事タイトルの通り、いろいろ立ち止まって思い出していた。

その続きから入る。

『だっくす』はその後『ぱふ』になり、『ぱふ』になってからもしばらくは面白かったと思う。

橋本氏の方はその後、少女漫画評論ーーーというか少女とか女子高校生ーーーという枠から飛び出して、次々にいろんな本を出して時の人になっていった(「時の人」に果たしてなっているのか判然としない不思議さの人なのだが)。小説も書いていたし、読者啓蒙型のエッセイや評論も多かった。わたしも全部ではないながら、結構な数を読んだと思う。

しかし『だっくす』の夢も潰えたことだし、だんだん橋本治自体も古典へ向かっていったというのあり、いつの間にかわたしはこの人のことを忘れていった。

で、今回だけど、林芙美子の本を探していて「は行」の棚でみつけた。

「は行」の棚は林真理子ばかりがずらーっと並んでいて、橋本治のはこれ一冊。

林芙美子にいたっては、すっかり過去の作家という位置づけなのか、影も形もない。
せめて全集の棚とか、日本文学の棚とか、昭和の棚とか、九州の棚(はないか)に置いてあって至極当然の作家だと思うのだが。
いったい、誰が、どういう基準で公共の図書館に並べる本を選んでいるのか?
単に、売れてるかどうか、なのか。利用者からのリクエストが多いから、なのか。

かなり腹立たしい事態だと思っていたら、ちょうど似たような釈然としなさ加減が、本書に出てくれていた。

第二章「政権交代の二〇〇九年頃には、政治のことを考えていた」の、<ネットの世界に「えらい人」はいないんでしょ?>だ。

我流に要約させてもらうと

  • 活字の世界には「売れないけどいい本」というのがある。
  • しかしネットにはない(氏はネットをしないのでそう推測している。当たっている)
  • なぜ活字の世界にはあるのか? 活字の世界には「いい本」とジャッジする権威があるからだ。
  • 氏は「権威なんかなくていいと思っている」
  • その点で氏の頭の中はたぶんにネット的である。
  • が、権威がなければ、何がいい本か各人がジャッジしなくてはならない。
  • つまり王政が倒されて共和制の民主主義になった以上、各人責任をもった政治行動をするように、ということだ。
  • が、氏にとって活字文化というのは「王政の時代の血を色濃く引くもの」
  • それでいいわけでも悪いわけでもなく、そういうもの、という位置づけ。
  • 王政が倒されて共和制の民主主義になると、その先が大変だなぁという話でもある

もとより、どんなテーマであろうと自分の頭で考え、既成概念や権威の威信に縛られず縦横無尽に論を展開してきた氏であるから、最初から彼が「ネット的」だったのは、今思い出しても本当だ。

そのネット的だった橋本治がネットを、つまり、ブログもツイッターもやらず、さらにはネットにつなぐこともないのは面白い。
氏の友達(に当時見えた)である糸井重里の方が、ネットを根城にしている感があるのと対照的だ。
コピーライターという、他人に影響を及ぼすことを元から仕事としてきたから、糸井氏の方がネットと直結したのかもしれない。
わたしに言わせれば、どう考えても逆であるべきなのに、橋本氏はネットに存在していない。

もっとも存在されても困るかも・・・・

やたらと説得力のある最強のことを連発されても、ほかの人が言うことがなくなって指をくわえていることになりかねない。

第一本人、誰にも影響なんか及ぼしたくないし、責任もとりたくないし(だから本の帯の推薦文も書きたくないし、賞もほしくないし)と、しきりに本書に書いてて受けた。

そんなで、モンダイはネットだ。そして王政が倒れた後の民主制だ。それは、放っておけば林真理子の本ばかりが図書館の棚に並んでしまう事態をどうするか、でもある。

そして、その事態は着々と進行している。

あーどうしたらいいのだー

 

◆次号につづく(といいな~)(万一続かなかったらゴメン)

 


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PART1『橋本治という立ち止まり方』を読む、という立ち止まり方

記事の分類:日記

机の上の本図書館でみつけた一冊。

・・・・という言い方は、よそよそしいかもしれない。

なにせ高校生から二十歳前後のわたしにとって、最大級の知的HIROだった橋本治なのだから。

ことに少女漫画評論集『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』では、目の前の世界が全部塗り替えられたといっても過言ではなく、この本が(というかこの発想と文章全部が)好きすぎてどうにかなりそうなほどだった。

『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』が連載されていたのが、『だっくす』という「漫画評論誌」で、わたしは高卒後働くならぜったいに『だっくす』だと思い、高3のとき友達と編集部に遊びに行った。

どうやったら『だっくす』で働けるのか? やはり大学を出てないとだめなのか、何大学だといいのか?

自分にとって大学は、家も貧乏だし勉強嫌いだしで完全に視野の外だったが、とにもかくにも『だっくす』に関わりたいし近づきたい、という衝動のもと御茶ノ水に赴いた。

『だっくす』は橋本氏の連載の他にも、心躍らせ震わせる要素に満ち溢れていた。可能とは思っていなかった漫画家へのインタビューなどだ。後にも先にもあんなに好きだった雑誌はない。(他は一時期の明星とか。あと別冊マーガレット。ブラックジャックが連載されていた頃のチャンピオン)

ところが、御茶ノ水の目的地に着いたら、『だっくす』の編集室は目を疑うくらいみすぼらしかった。
英知とワクワク感の王宮であるはずなのに、6畳程度の埃っぽいボロ屋の一室で、わたし達は申し訳程度の応接セットにちょこんと座った。
ちょうど小森ネコさんがいて、コーラをごちそうしてくれた。小森さんはスラっとしたとてもきれいな女性で、そこだけは少女漫画ぽかったのだが、あとはひたすら雑然とした机が二つか三つ。当時はパソコンなどはないから、紙が上にも横にも広がって量がすごかった。
さらに、その時は小森さんの他に男性編集者もいて、この狭くて汚い空間で男性編集者と一緒にすごすなんて、わたしにはぜったい無理‼ と打ちひしがれた。

 

・・・・こうして、『だっくす』で働く夢はあっけなく砕けた。

◆次号につづく(といいな~)(万一続かなかったらゴメン)


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あーいやんなっちゃう。アンポホウセイだと

記事の分類:日記

集団的自衛権の拡大を認める安保法制というやつが通過したようだ。

怒りの念があるにはあるんだが、そしてそれをもっともっと燃やさなくては‼と気持ちは焦るのだが、どうも燃料が足らない、ということなのか。

なにせ、安倍晋三の悲願が憲法改正なのは、とうの昔、第一次安倍内閣の頃からばれていた。そしてそれを応援する勢力がNHKをはじめ、強大にあるらしきこともばれていた。

以前にも書いたが、第一次安倍内閣が発生する前の選挙のときNHKは、「安倍が首相になったら憲法改正あり」ということを伏せていた。

そして、選挙が終わった途端に言い出した。ある程度の知識のある人には分かることでも、一般人はマスコミが言わない限りは認知しない。

だから、マスコミ(特にNHKのような「公共放送」)の一言で国民は反応してしまう。この場合、自民党に投票しない、あるいはアンチ安倍が増える、ということが起こる。
そのことを熟知しているNHKは、憲法のことを伏せた。つまるところ情報操作した。

と、いうことをまざまざと学んだのが、あのとき、第一次安倍内閣の時だった。

そして、その時に感じた戦慄たるや。

お断りしておくが、NHKにも「いい人」はいる。組織だから、いろいろな人がいる。だけど、そういう問題じゃない。

 


 

昨年12月にあった衆院選で自民党が圧勝した。したといっても、得票数は今までと比べて多いわけではなく、むしろ少ないのだけど、議員数としては圧勝した。

国民にリフレというやつが支持された。(詳しくは、3本の矢をナントカしたアベノミクス、ということのようだった)

たとえ戦争が起ころうとも、今、デフレから這い上がり貧困を脱さなければ、それは戦争よりも悪いものだからだ。

もっともわたしはそれでも自民党に投票することはできなかった。ほんとうに悩んで悩んで苦渋の苦虫の臍をかんで煮え湯を飲んで吐きそうになったけど、わたしの指はその文字を書くことはできなかった。

・・・・に、しても。卑劣な話ではないだろうか? リフレを支持して自民党を勝たせたことは、すなわち集団的自衛権を認めたわけではない。なのに、安倍晋三は、「国民が私を支持した」ということで、全面肯定されたことにしている。

こうなると選挙制度というもの自体が何なの?と、釈然としない。

だからといって、安倍晋三をバカだアホだと罵るのは筋違いもいいところだ。

バカではない(はずの)人が、一番困った人たちなのだから。
一番顕著にそれが証明されたのは、原発事故。
誰も責任をとってない。

バカでもバカじゃなくても、なあなあでやってけばいいのだから、どっちでも同じということだし、実際、自民党は自分たちの絆を優先することで思考放棄を決め込んだ。

 


 

でもGoodNewsもあった。

SEALDstwitter)というのが今、急成長の注目株なことだ。いや、株と一緒にするのは違うか・・・

 


 

これから

とにもかくにも、情報源。ソースをどうするか。
投票する先。
自分のやること。
社会の中では、知性と感情のバランスをとり、コントロールすることが大事なこと
使える場があるなら、行動心理学なりの、学問がもっと活用されるべきであること
今までの知見をもっと、活かせるようになること
絆ばかりじゃダメなことの説明。

かといって、反知性とか知性主義ってことばもどうなのかな~ 高学歴者がプライドを回復したいだけの足掻きに見えてしまって。(ちがうかも・・・・・)

そんなことをボンヤリ考えている、蝉の鳴きはじめた午後二時・・・


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◆使用している画像と、文章の中身は関連ないことが多いデス(このブログの特徴)

わたしの知ってる或る命について

記事の分類:日記

今月の初め、わたしにとっては義妹にあたる女性がガンで亡くなった。
義妹にあたる女性、詳しくは夫の弟の妻だ。
年も3歳ほど若い。

夫の弟の妻との親しさ度が一般的にどの程度かなんて考えてもしょうがないが、限りなく他人のようであり、案外親しいようであり、よくわからない距離感。

わたしは、何度か彼女たち夫婦にわたしの名で年賀状を出した。けれど、返事はなかった。返事くらい寄越しなよね~とも思ったが、通常、年賀状は夫婦連名で夫婦連名宛てに出すものだから、対応に困ってスルーしたのだろう。

もともと、わたしにはあまり常識がない。というか、何が常識かは知ってはいても無意味だなと思うと、実行しないことが多い。

夫の弟の妻、名前を仮にSさんとしよう。Sさんはそんな人ではない。6年前に亡くなった姑とは新婚の頃から同居していて仲も良かった。あまり考えたくないので考えてなかったが、わたしは長男の嫁という立場だ。けれど、それらしいことはしてこなかった。彼女が、事実上、嫁らしいことを一番していた。

わたしは、嫁だの姑だのといった橋田寿賀子ドラマみたいな関係をハナから莫迦にしていた。姑は満洲育ちで幼い姉弟を引き揚げ時に無事に連れ帰ったのは自分であると、自慢ばかりしていた。そのせいで「自分のいうとおりにしていれば間違いはないのだから、いうことをききなさい」と常に支配的だった。それが嫌でケンカになることもあった。
言い訳をするわけじゃないが、わたし以上に喧嘩していたのは、実の息子であるところの夫なので、それに比べたら相当仲良くやっていた。

いづれにしても、夫も、わたしも、姑のいうことを聞けない人間で、かなり敬遠していた。あるいは同居するか近所に住むということもできなかった。やっていたのはSさん夫婦ということになる。

それでも姑が生きている間は、姑の強い希望もあって年に数回は遊びに行っていたが、亡くなってからは疎遠になっていた。(夫は四人兄弟で、弟たちとの連絡は密である)

Sさんは嫁として面倒なことを皆やってくれて、それでいて、朗らかさを失ったことがない人だった。底抜けに朗らかであるから、遊びに行っても、わたしたちは気兼ねをせずにくつろげた。通常、嫌味のひとつふたつ言われても仕方がないのに、彼女にそんな気配はみじんもない。いつ遊びに行っても、信じられないくらい楽しく過ごせた。なにせ、姑の葬式の後も、三周忌のあとも、Sさんの家では、集まった皆がついつい笑い転げてしまうほどにリラックスしていた。

Sさんのガンは、皮膚がんの一種で脇腹にできていた。姑が亡くなったあと、しばらくして発生していたようだ。震災の前ころだ。彼女は、何度か家族に病院に行くよう進言されていたのに、「もう行ったから」と言いつつ、放置していたようだ。Sさんは、あの朗らかさの影でこっそりとガン細胞を飼っていたことになる。

Sさんには娘があり、とても聡明でかわいい女子に育っていた。Sさんの家に行くと、皆の愛情を独占しているのが見て取れた。

Sさんは朗らかすぎて、すっかり皆がそれに甘えていた。わたしとて、もう少し彼女を気遣ってもよかったはずだ。姑は怒らせると面倒なタイプだから、ときどき遊びに行っていた。が、Sさんはそういうタイプではなかった。

怒ると怖いからなどではなく、たとえ攻撃的な要素の何もない相手でも、否、そうならなおさら気遣うことは必要なのだ。

自分の「我」が通せているのは(自分ではどんなに常識に縛られない自由な人間と思おうとも)、ある程度犠牲になっている人がいるからだ。

それでも、なぜもっと自分を愛し大事にしなかったのかと、責める気持ちがわかないでもない。

亡くなったあと彼女の家で、彼女のむくろと対面した。生前と同じ、朗らかな顔をしていた。印象が一度も悪くなったことのない彼女らしく、最期の最期まで暗さのない穏やかさだった。それに、まだまだ通用するアイドルみたいな可愛い顔をしていたことも、彼女のために付け足したい。

そのうち葬儀屋の人が来て、告別式や葬儀の段取りについて話し、その後、彼女の枕元に「仏様の弟子になるから」と笠を置いた。
その次に、仏様のところへ行くからと、藁で編んだ草履をはかせた。
この時が一番悲しかった。
違う世界に行ってしまう、旅立ってしまう、ということをものすごく感じさせた。

それに、彼女は靴が大好きで、最初のころ姑に「玄関が靴だらけ」と文句を言われていたのを思い出したからだ。

おしゃれなパンプスやミュールの好きだった彼女が、藁の草履をはいていること。
わたしたちの住むこの場所とは違う、仏様のいる場所へ行ってしまうこと。

この時はほんとうに泣けた。

知らず知らずにみなを甘えさせてくれたSさんのこと、忘れないでいたい。


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ポリタスが沖縄基地問題ではっちゃけてるみたいなので見てみた

記事の分類:民主主義

サイトを見たところ、例によって識者の考えがづらづらと並んでいたわけであるが、興味深かったのは、それを読んだ(よっつの記事を読んだそうな)とあるツイッタラーが@tsudaあてに以下のようなツイートをしていたことだ。

みかおねえさんファン @mikafan1003
@tsuda 読んだけど、矢張り期待外れだった。なぜ沖縄の負担を軽減しろと言う連中は、9条改正・核武装して米軍基地を自衛隊の基地に置き換えろと言わないのか‥。なぜ差別だの何だの言って沖縄と本土の二項対立を扇動しようとするのか‥。左翼は頭が悪いのか‥。それとも中国のスパイなの…
43件のリツイート 49件のお気に入り

それに対して@tsudaは

核武装するのは非現実的なのでこの記事読まれるといいですよ>http://politas.jp/features/6/article/387 … あと、全部自分と価値観が違うものを中国のスパイと決めつけるのも短絡思考に見えるのでやめた方がいいと思います。

と毅然とした態度で一蹴してみせた。ただし「読まれるとよい」と指定した、軍事アナリスト小川和久氏の記事はやたらと長いので、かのツイッタラーが五つ目の記事として読んだかどうかは定かではない。

しかし、「左翼は頭が悪いのか」「それとも中国のスパイなの」と二つの可能性を検討してはいるのだから、必ずしも「中国のスパイと決めつけ」てはいない。ただ、可能性の検討としても「中国のスパイ」はお粗末だ(中国のスパイが仮に存在するとしてもそんなに大勢はいない)。

また、二言目には「日本も核武装」と言い出すのは、自分自身がへなちょこなため、強大な国家に自己を投影して強くなった気になりたいだけなので、まず先に、自分自身を見直した方がいい。また、核兵器は「持ちたいから持つ」なんていうアイウォッチじゃあるまいし、勝手のきく趣味嗜好品ではないのだ→小川氏の記事が詳しいと思われる

とはいっても、かの年齢不明、性別不明のツイッタラー氏の考え方は、決して極端なものでも異端なものでもない。
むしろ、若い世代のかなりの人がこういう考え方をしているのを、いくたびも目撃してきた。リアルライフでもだ。また、そういう考えの人は意外と好感度の高い人物で、まじめに政治や国について考えていたりもするのだ。

こういう読み手こそ大事にしないとダメだと思う。まして選挙権は18才から解禁になったのだ。さらに、ポリタスと一見して敵対する(のかどうかよく分からないが)こういう考えにポリタスの愛読者が出会ったときに、どう論陣をはるべきか、オタオタしてもいけない。

そんなでオタオタしないよう自分用に少し考えてみる。

わたしの手元に、第一次安倍政権時代に集団的自衛権行使を容認する論が出てきたときに買った本がある。

『集団的自衛権とは何か (岩波新書)』

日本の非武装と沖縄の米軍支配

 さて、マッカーサーは、占領を円滑に遂行するうえで昭和天皇の「権威」を利用するために、天皇制の維持に執念を燃やした訳であった。しかし、天皇制を残すことについては国際社会の了解を取りつけるためには、日本の非武装が不可欠の前提であった。この意味で、憲法九条と一条は”ワンセット”として位置づけられたのである。しかし軍事レベルで見ると、マッカーサーにあっては日本の非武装は沖縄の米軍支配と表裏の関係にあった。例えば、憲法施行から一か月後の1947年6月、マッカーサーは外国人記者に対し、「沖縄諸島は、我々の天然の国境である」「沖縄に米国の空軍を置くことは重大な意義があり、明らかに日本の安全に対する保障となろう」と述べた。さらに翌年2月、来日したワシントンの要人達に対し、沖縄を要塞化すれば「日本に軍隊を維持することなく、外部の侵略に対し日本の安全性を確保することができる」と主張して、彼らの日本再軍備論を批判したのである。p.225

 その後、日本は再軍備の道を歩むことになったが、マッカーサー発言に鮮明に示されているように、実は憲法九条は沖縄の犠牲のうえに成り立ってきたのである。同じく、安保体制が、在日米軍基地の75%近くを、狭い沖縄に押しつけて維持されてきたことも周知のところだ。すでに見たように安倍首相は安保体制について、米国は日本を守るために「血を流す」のに、日本は米国のために「血を流す」体制になっていないと「片務性」を強調するが、こうした認識は、沖縄の歴史と現実を捨象したうえに成り立っている、と断ぜざるを得ない。p.226

かのツイッタラーは、沖縄差別と言うくらいなら、沖縄の米軍基地に全部引き払ってもらって、そのかわり自国の軍が沖縄に配備されればいいじゃないか、という主旨を言っていたはずだが、浅はかではあっても的外れな意見ではないと、気が付く。

自国の軍が配備されるとは、1.日米安保を解消して 2.九条を改正して、ということだ。
わたしはそれには賛成しない。
が、憲法九条を守ってこれたのは沖縄のおかげ、という認識をもったことはなかった。
今、沖縄について考えるとき、「沖縄を差別していることに罪悪感をもつ/無関心になる」より先に、沖縄に感謝すべきだという、気恥ずかしい話しだが、そういう感覚の変換があってもいいのではないかと、そう思った。

ところで、さっき見てたら、
「圧力? ないよ」田原総一朗さん、朝生ドタキャン騒動と安保法制を語る

「この憲法は明らかに、GHQが日本に押し付けたんです。押し付けられた憲法に体を合わせるのが実に上手い、と。」(記事後半)

と田原氏は言う。ほんとに煽りのうまい人だと思う。
「押しつけられたんです」たって、それが戦争に負けたってことなんだから、何を今更言ってんの?って感じ。第一、戦後処理の極東委員会を構成する11カ国の中には、ソ連はもちろんカナダ、オーストラリアなどを始め天皇制に批判的な国が多くて、あやうく天皇制がなくなるところ。それをバーターで維持を実現できたのは、ちっとも不利な取引じゃなかった。
なんでも団扇みたいに煽ってりゃいいての、やめてほしい。

ついでだから他の田原記事

『朝まで生テレビ!』の与党議員の出演拒否に見るメディアと政治のパワーゲームの変容
もうね、『朝まで生テレビ!』を30年間やってて日本って少しは良くなったの? って思う。真逆じゃない?って気もする。
「3人の総理を失脚させた」って自ら宣伝してるけど、余計なことしただけじゃない? (よくわかんないけど)
どちらにしろ、この人のテーブルは田原色でしかなくて、狭くて窮屈。いい加減に飽き飽きしている(と、10年前からブログで言っている)。

かと思うと

沖縄の怒りを甘くみてはいけない(田原総一朗)|ポリタス 沖縄・辺野古――わたしたちと米軍基地問題
ここで田原さん呼ぶって、どういう意味があるんだろう。ポリタスっていったい何がやりたいのって謎。
これくらいの知識は、他の人でも伝授できると思う。

田原記事以外の。

「本土」の私たちは「県外移設」を受け入れるべきだ (高橋哲哉)|ポリタス 沖縄・辺野古――わたしたちと米軍基地問題

なんだかザツな意見ですねえ。これの一日前の

なぜ「沖縄人の本音」は見えづらいのか

を読んだら、とてもこういうの書けないと思う。

辺野古「泥沼化」で変質した沖縄と本土の関係

>「辺野古移設問題」の本質は本土観の変質の過程にある

この章の言っている意味がよくわからなかった。

情理を尽くさなくなった、というのはわかる。要は自民党の無知と堕落。


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