Six Years 三年目終了。

今年2016年は、福島第一原発事故から5年目ということで、ガンが爆発的に増えると予言された年。今となっては、さほど興味をひく話題ではなくなった自分が怖い。ただし、そう予言されたからこそ、何が何でも回避しようという力学が働いたのかもしれなくて、よく分からない。

とか思っていたら地震が起きてびびった。これは震度4くらい??
震源地は茨城県北部で震源の深さは10キロ、M6.3と推定されるらしい。震源に最も近い茨城・東海村の東海第二発電所も今のところ異常はないと、ニュースが伝えている。福島第一・第二の各原子力発電所も同様とのこと。


昨年の今頃に書いたものを読むと相当に迷走しているのがわかる。

今年を振り返ってネット的に一番思うのは、PCがどんどん生活家電になってしまい、買い物はもちろん、粗大ゴミの申し込みやNHKの開通通知、一番安い価格調べ、一番損しない洗濯機や掃除機の選び方などなど、いちいちとPCを開く雑用が増えた。

暮らし全般に関わってきた、ということだけど、暮らしそのものはネットの中にあるわけじゃない。おかずを作ったり、洗濯物をたたんでしまったりとかは、ネットがやってくれるわけじゃない。ネットにはそれらを便利に行うための情報があるだけだ。

そんなで、情報を摂取することと、実際にやることのバランスが崩れると悲惨なことになる。これから洗濯する服と、たたんでしまうはずの服がゴチャゴチャになったり。身体にいい栄養素は頭に入ったが、作る時間がなくなって食べるのはカップ麺になったり。「ファスティングって何?」と調べだしてきりがなくなって疲れて、ホントに断食してたり。あちゃーー

相当に振りまわされている。つくづく気をつけたいと、思う。


そんなで、生活情報と物欲も大事とはいえ、あんまりにもPCから聖性がなくなって悲しいので、自ブログを書くとき専用のブラウザ1をDLした。探すといろいろあったし。chromeは実用専門とする。あとPC、スマホ、iPadの中じゃやっぱノートPC2が一番スキだな。

あとなんか書こうとしてたことあった気が・・・・
まあいいですね。おいおいPOSTしていきますね。

来年もまたよろしくお願いします。ニンニン( ・_・)ノ



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  1. Vivaldi 
  2. ASUSのZenBookで日本製じゃなくて悪いけど、ファンの音はしないし、画面はノングレアで品があるし、薄くて軽くてとても良い。もっとも音質はiPadに完全に負けてるので音楽には不向き。 

戦争と戦後を振り返る。


Japan PM Shinzo Abe makes landmark visit to Pearl Harbor – BBC News(BBCで一面になってました~)

昨日から今日にかけて、首相の安倍晋三氏が真珠湾攻撃に関してなんかやってた。

真珠湾攻撃の追悼施設「アリゾナ記念館」で犠牲者に黙とうをささげたり、演説したりとかだ。演説一部:「寛容の心、和解の力を、世界は今、今こそ、必要としています。憎悪を消し去り、共通の価値の下、友情と、信頼を育てた日米は、今、今こそ、寛容の大切さと、和解の力を、世界に向かって訴え続けていく、任務を帯びています」via:演説全文

安倍氏、しばらく見ないうちにすっかり首相っぽく育っていたのには、ちょっと嬉しくなったのと、捨てるわけにはいかない警戒心の、ふたつの感情がうまれた。

そもそも奇襲なり戦争なりが起きた時、死んだりケガするのは彼ら世界のトップではなくて、こっちなのだ。「和解、いいですね、大いにやってください」としか言いようがない。

ところで、先日、珍しい場所に行ってきた。

しょうけい館 戦傷病者史料館

平成18年に厚労省が九段下に作った、太平洋戦争で負傷した方々の証言を集めた、資料館だ。
証言映像をミニシアターで流す他、関連書籍を多数集めた図書館空間、自身も戦傷者である水木しげるの漫画やイラストを展示した空間がある。さらに二階には、野戦病院を再現した部屋があり、人形が10体ほど、当時の状況が目の前に差し迫ってくるがごとくの形で置かれている。ボタンを押すと、解説音声が流れる。

兵士の人形はものすごくリアルに作ってあり、口渇に耐えきれず禁じられた生水を飲んでアメーバ赤痢に罹り、動くこともままならず寝台から尻だけ出して糞を下に垂れ流し続ける人形をちょっとさわったら、毛布かと思ったものはちゃんとした作り物で固かった。

解説音声は、脂汗を浮かべた兵士といくたびも目が合うので、目をそらしながら聞いた。

幸か不幸か匂いまでは再現されていないため平常心で眺めることはできた。いくら良く作られているとはいえ、やはり作り物であり、迫力はあるようでないのである。まあ子どもが見たら怖がるだろうし、大変な力作であることは間違いない。

↑こちらは一階の図書空間。戦傷はもちろん広く第二次世界大戦に関連した書籍が多数あり。『この世界の片隅に』も目立つように置いてあり、著者ご自身が寄贈なさったようで、中に「謹呈」の文字があった。『この世界の片隅に』わたしも観た。戦争と原爆を語ることや反戦は、ぜったいに陳腐化してはならない、と思ったし、事実、そうなっていない作品だ。広島のあの時に生きていた命が蘇ってそしてまた理不尽に死んでいったような、穏やかなやさしい絵柄なのに、伝えてきた。

↑水木しげる先生が描いたもの。こちらは反対に生々しい怖ろしい迫力がいっぱいだ。どんなに描いても描いても伝えている気がしなくて、もどかしかったろうなあとも。

戦争と、戦争について繰り返し伝えてきた戦後と、戦争の生き証人が皆亡くなろうとしている現代と、その不在を耐えなければならないこれからの時代と。

また、一から考えないとな~と、思った一日だった。


 


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絶対テレビを買わないことにしてたのにMステに買わされた。ああ恐るべしMステ吸引力

2014年の11月頃にケーブルテレビを解約して以来、テレビ番組と無縁に過ごしてきた我が家。その間、ネットや新聞や職場で仕入れた話題をお茶の間に各自が持ち寄って、お手製の情報空間を作ったりして、なかなか楽しく過ごせた。

同じテレビ画面を見ているのと違って、共通の話題ではないものを、説明して理解させるのは骨が折れる作業で、力を使う。

最近だと、ピコ太郎がいかなる存在か、いかに世界中で受けているか、いかに面白いかを説明するのに異様に時間をくった。なんせ、「世界中の人がマネしてて~」とか言っても誰も信じない。

みんな「ふーーん」と薄い反応だったため、「とにかくYouTubeでみてみて!!」とわめいて終わったのだった。

で、その後何回か、「見た?ピコ太郎」と聞いても「忘れてた」とか言われ、ガッカリだったのだが、そのうちイヤでも知ることになったのだろう。普通に話題にし始めた。

しかも最初に教えてやったのわたしなのに、最初から知ってたみたいにPPAPとか言っててなんかムカ~っとなった。もちろんそんな大人げないこと言わないけど。

で、この年末なんだけど、Mステスーパーライブがやっぱ観たいよね~ってことで、あと、ダンナッチはガキ使の笑うとお尻叩かれる奴が観たい観たいと五月蠅いから、しょうがない、とうとう地デジアンテナを立てた。

Mステとガキ使の威力、すごいなあ。

↑前者はもう観た(^0^)/


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彼らはまだ家に帰ってこない

うちの息子達の帰りが遅い。
朝は7時前に出て、帰ってくるのは23時すぎだ。
かつてアフター5という言葉があった。
夕方5時に退社してその後異性と交遊したり同性と食べたり飲んだり恋バナしたりするやつだ。
彼らの場合、アフター22時 Σ( ̄□ ̄lll)
22時じゃ店はどこも開いてない。

帰ったら温かいものを食わしてやろうと待ってるんだが、待てど暮らせど帰ってこない。そのうちわたしはコタツで寝てしまう。
そうすると気力がなくなって、味噌汁あたためるのも難儀。母の愛の深さを見せつけてやろうと待ってるんだが、眠くて無理。

ならば朝ご飯でも作っといてあげようと思う。で、実際何度か作った。
が、手をつけないまま料理は残っていた。聞くと
「台所に行ってる時間がないんだよねー ギリギリまで寝ていたいし~」と。

それならもう、枕元に置いておくよ。握り飯とか、ポテサラとか。
台所に行かずに済むし、起きてすぐに食べられる。
サンタじゃないから靴下には入れないけど!!

が、この案はまだ実行されていない。

救いなのは、土日が休みなのと、本人がケロっとした顔で淡々としていることだろうか。
IT系の仕事をすること自体初心者だから、しょうがないんだろうか。
いつか慣れたら、もっと早く退勤できるようになるんだろうか・・・・


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三代目JSBに必要なのはレコード大賞ではなく今は存在しない他の賞。BUTとれるかどうかはわからない。

先月初旬から、のどに刺さった小骨のごとく、ずーーっと気になっていることがある。

「 三代目JSB〈エグザイル弟分〉はレコード大賞を1億円で買った! 〈“芸能界のドン”からの「請求書」公開〉 」

という週刊文春の記事だ。

昨年のレコード大賞、三代目JSBの「Unfair World」は金で買ったもの、という動かぬ証拠つきの記事だ。「不正な世界」という曲で不正に大賞受賞というのがよく分からない偶然であるが、何にしろ「Unfair World」はパッとしない曲であり、実際売れなかった曲なのにレコード大賞を受賞してしまった。

ここで強調したいことがある。
この件に関して、三代目JSBが悪いわけじゃない、ということだ。

なら誰が、もしくは何が悪いのか? 当該記事をはじめ、続く文春の関連記事ぜんぶを熟読したので明確化したい。

  1. レコード大賞の15人の審査員。全員マスメディアの記者
  2. 文春記事に乗っかって、ゲス不倫などと個人の不倫は狂乱的に報道するくせに、記者が審査員のレコ大の買収問題は完全スルーするマスメディア
  3. 「巨大芸能事務所バーニング」の「ドン」である「周防(すおう)」という人にヘイコラするばかりで独自のアイデアを出せないエイベックス
  4. バーニングに情報をもらわないと芸能記事も書けないという情けないメディア
  5. バーニングのドンの長男が社長をする「バーニングパブリッシャーズ」が著作権管理の力がありすぎること
  6. クライアント」なる存在
  7. バーニングのドン(周防)
  8. レコード大賞のドン(レコード大賞を主催する日本作曲家協会の会長。悪いかどうか微妙だが、当該記事後の取材で「謝罪」している。つまり買収を認めている)
  9. レコ大を統括する落合芳行プロデューサー(毎晩バーニングのドンと密会してるくせに知らぬ存ぜぬ)
  10. エイベックスの子分格の芸能事務所、LDH(三代目JSBが所属)。エイベックスに言われるままバーニングに金を渡し

ドンドンとドンが多い。が、一番重要なのは1と2だ。この件について、小田嶋さんという方が書いたものを読んだ。

「報道機関で働く人々が、自分たちを威圧する組織や人間の存在について、報じることさえできないでいる現状は、看過して良い事態ではない」と大事なことを書いていた。また、ここ重要!!なんだけど、

 そうしながら、70歳以上の高齢者で占められるほんの数人の「業界のドン」たちの一方的な指令に従って、今日も国民的アイドルや国民的スターの苦境に加担している。

加担しているのはむろん、「報道機関で働く人々」だ。
ここで、ざっと考えての被害者の方も書き出してみたい。

  • 三代目JSB(知らない人には彼らが買収してるみたいに思われる)
  • AKB48(昨年のレコ大、本来なら 僕たちは戦わない の方が受賞にふさわしかった様子)
  • ゲスの極み乙女。( 私以外私じゃないの が、同じく。)
  • その他の、ふさわしい人達
  • 今年のレコ大受賞にふさわしいにも関わらず疑惑のエイベックス所属というだけで圏外になった AAA

AAA、とんだとばっちりもいいところ。レコード大賞は視聴率が低迷しているとはいえ13%程度はあり、これを受賞するとクライアントの理解度が上がってCMのオファーが俄然増えるらしい。
そうなれば、金銭の他に国民的知名度も得られる。つまり、レコード大賞自体よりも受賞後の余録に大きなメリットがあるのである。

だけど。
レコード大賞を受賞しなかったのはむしろ名誉じゃないか?

三代目JSBもそうなんだが、AAAにしろ、近年の音楽エンターテイメントはレコード大賞の器に収まるようなものじゃない。なにせ、レコードというからには音と声の録音だ。かつての歌手は楽曲のよさと声と歌い方と顔と衣装(音楽番組が多かったため)で魅了したからそれでいい。今の時代の音楽エンタメはそんな器に入りきらない。

一体どんな器が必要なのか?

どうしたって真っ先に思い浮かぶのは、ダンス&ボーカルという表現を競い合う器。
(ひょっとしてそういう賞があるのか調べたが、なかった。)

ダンス&ボーカル系はとても長く高い人気を保ち続けている。身体一つで始められることが、昨今の金のない若者にとって敷居が低いのじゃないかと、わたしは考えている。
一方、YouTubeを見ても、テレビ番組発祥の「 恋ダンス 」の再生回数が尋常じゃない。
それに加え、ダンスの振り付けレクチャー動画が大盛況。
猫も杓子も恋ダンスを踊っていると言ったらやや過言だが、相当な数が踊っている。

一見簡単そうに見えるのだが、四肢をバラバラに動かすため覚えるのに難儀する。が、マスターすれば誰が踊ってもそれなりにサマになり、見栄えのするダンスでやりがいがあるのだ。ダンスといえば若者限定に感じるが、こういうのだと頭の体操になるため、高齢者こそやった方がいいくらい。

そういった国民のニーズに応えているのか? 応える賞がなぜ存在しないのか?である。

悪者の第三位にエイベックスを上げたのもそういう理由だ。おじいさんのドンに迎合してるだけじゃなくて、なんか他のアイデアを出したらどうなんだろうと言いたい。

↓↓8月の終わりには、エイベックスの社長はインタビューに答え、「若者が活躍できるようにしたい」とか「大企業病になっていた(ので変えたい)」と、いいことをゆっていたのだが・・・

↓↓六本木から見た東京タワーだの、ピコ太郎とのツーショットだのと買収問題をスルーし倒す所存なのがよく分かる、松浦社長のTwitter。

ただ、ダンス&ボーカル的な賞の創設を無邪気に煽れない理由もある。なぜなら、いくら国内の賞とはいえ、いずれK-POPとガチンコ勝負になる予測がたつからだ。これは、業界のドンが采配する(だけに結果の分かっている)レコ大と違って、本物の勝負になる重さがある。

ちなみにさっき、高齢者こそやるべき、と書いたけど、それは恋ダンスの場合。

三代目のもAAAのも、他のも、高齢者がやったら関節が全部外れて床に落としたイカになる。

それ以前に息が上がってものの30秒ともたない。

ダンス&ボーカル系のパフォーマンスは、クオリティが高ければ高いほど、その労働量というか運動量はハンパない。しかも、人数が非常に多い。大勢で息を合わせることで魅了するので、少ないと面白くないのだ。そうなると、食費だって衣装代だって交通費だって人数分かかる。

わたしが食費のことまで心配してもしょうがないンだが・・・・

今現在は該当する賞がないにしても、パフォーマンスに対してのちゃんとした評価がどこかにはあるのだろうか? 関連雑誌とか。わたしはあまり見ないのだが・・・・ というか、芸能マスコミないしはマスコミの芸能欄がバーニングからもらった情報だけじゃなくて、ちゃんとやるべきなんだ。

ともかく言いたいのは、賞の存在、もしくはちゃんとした評価とそれに伴う金銭。そういうのがなければ、労働に見合わないためダンスパフォーマンスが衰退してしまいかねない。大変な損失だ。悲劇だ。当然「日本経済はよけい不元気」になる。

そんなことを、のどの小骨を食道の途中まで飲み下しながら思った。


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