カズオ・イシグロ、ノーベル文学賞受賞Congratulations!


カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞した。愛読者のひとりとして大変に嬉しい。

受賞理由は”who, in novels of great emotional force, has uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world”.とのことで、人の訳を拝借すると「世界とつながっているという幻想的な感覚にひそむ深淵」とのこと。少々分かりづらいが、感覚としては「言い得て妙」ではなかろうか?

世界中の報道機関がこのニュースを伝えている。アルジャジーラワシントンポストThe Japan Times BBC News などなど沢山。

その中(ジャパンタイムス掲載の動画)の受賞インタビューで、イシグロ氏はこんなことを言っていた。

「世界で、価値観とリーダーシップ、安定が揺らいでいる時代に、私が大変な栄誉を受けることが、小さな形であっても、良心と平和に貢献することを望んでいる」

氏の小説の中で、直接的に平和に関わっているのは『遠い山なみの光』ではないだろうか? 氏の願いの一助になることを願って、第七章の、佐知子と悦子の会話を引用してみよう。舞台は、原爆投下された長崎の、ようやく復興しかけた1950年頃の、夏。長崎の街をのぞむ場所にやってきての会話。

「だって、ここへ来られてほんとうに嬉しいんですもの。今日は楽天家でいようと決心していたの。ぜったい幸せになろうと思うのよ。藤原さんはいつでも、将来に希望を持たなくちゃいけないと言ってるけど、そのとおりよ。みんながそうしなかったら、こういうところも」━とわたしはまた景色を指さした━「こういうところだって、いまだにみんな焼跡なんですもの」

佐知子はまたにっこりした。「そうね、そのとおり、みんな焼跡でしょうね」彼女はしばらく目の下の景色を眺めていたが、やがて「それで思い出したけど」と口をひらいた。

「あの藤原さんね。あの人は戦争でご家族を亡くしたんじゃないの?」
わたしはうなずいた。「お子さんが五人あったの。ご主人は長崎の偉い方だったのよ。原爆が落ちると、ご長男以外はみんな亡くなったの。大変な打撃だったろうと思うわ、でも藤原さんはがんばったのよ」

「そうね」と佐知子はゆっくりとうなずいた。「そういうことだったんだろうと思ってたのよ。あのうどん屋さんは昔からやっていたの?」
「とんでもない。ご主人は偉い方だったのよ。あれは戦後になって、あの方が何もかも失してからよ。わたしはあの人に会うたびに、自分もこういう風にならなくちゃいけないって思うの。だって、どう考えてもあの人の失ったもののほうが、わたしより大きいんですもの。でも、今のわたしを見て。わたしもすぐに自分の家庭を持つのよ」

(中略)

「あなたがそういう気持ちになってくれて嬉しいわ。わたしたち、二人ともほんとうに感謝しなくちゃね。戦争ではひどい目にあったけれど、まだこんなに希望があるんですもの」

「そうよ、悦子さん。希望はたくさんあるわ」

ここで使われる希望や、楽観的という言葉の悲しさが、ノーベルプライズ関係者がいうところの「まっくろな亀裂、深淵」と感じられるものかと、思う。

実は当方、この本をとても気に入ったので、「英語でも読んでみよう」と思い立ち、ペーパーバックも買っていた。同じ箇所の原文も引用しよう。

“But it’s so good to come out here. Today I’ve decided I’m going to be optimistic. I’m determined to have a happy future. Mrs Fujiwara always tells me how important it is to keep looking forward. And she’s right. If peple didn’t do that , then all this” ― I pointed again at the view ― “all this would still be rubble. ”
Sachiko smiled again. “Yes, as you say, Etsuko. It would all be rubble.” For a few moments, she continued to gaze at the view below us.” “Incidentally ,Etsuko,” She said, after a while, “your friend, Mrs Fujiwara. I assume she lost her family in the war.”
I nodded. “She had five children. And her husband was an important man in Nagasaki. When the bomb fell, they all died except her eldest son.” It must have been such a blow to her , but she just kept going.”
“Yes,” said Sachiko, nodding slowly, “I thought something of that nature had happend. And did she always have that noodle shop of hers?”
“No, of course not. Her husband was an important man. That was only afterwards , after she lost everthing . Whenever I see her , I think to myself I have to be like her , I should keep looking forword. Because in many ways , she lost more than I did. After all, look at me now. I’m about to start a family of my own.”

“I’m so glad you feel like that, ” I said. “We should both of us be grateful really. We may have lost a lot in the war, but there’s still so much to look forward to.”
“Yes, Etsuko. There’s a lot to look forward to.”

a lot to look forward toとか、looking forward のように何度もしつこく出てくるforwardという言葉が希望とも訳されている。forward。前へ、とか前向きとか、未来とか、そんな感じだろうか。

時間の流れは逆方向へは向かないから、何が起きたとしてもforwardに向かうわけだが、こんなforwardはなんか違う。こんな違和感も深淵にして不気味なものだ。

わたしの場合すぐに頓挫してしまったのだが、かなり平易な英語だと思うので、カズオ・イシグロは原文で読んでみるのも良いかもしれない。

旧ブログに書いた感想とオススメ理由:
1  夜想曲集その2: 日々のsukima  短編集なので読みやすい。

2. 日の名残り (hontoへ) 「好き」ってことならこれがカズオ本の中では一番好きだ。レビュー未

3. 遠い山なみの光  会話が多いので読むの時間がかからない。傑作。

4. 充たされざる者 とにかく分厚いため、読むのが大変だった。この感想文も感じたことのごく一部しか書けなかった。

5. わたしを離さないで(honto) レビュー未
カズオ・イシグロの出世作。わたしもテレビブロスの金の斧(豊崎由美さんの)で、初めて知って読んだ本。一種のSF。

6. 忘れられた巨人(honto) 読みかけ。早く読み終わろう。


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