お相撲はどうなってしまうのか? あるいはニュースソースについて

昨年の暮れは、日馬富士が貴ノ岩をスマホ(orビール瓶?)で殴った一件でもちきりだった。わたしは相撲への関心が20%程度しかないので、「あんな太った人に殴られたら痛いだろうなあ」と、一瞬ぞーっとしただけだった。

が、その後もあまりにも、毎日毎晩この話題が続いた。あんまり続くからてっきり亡くなってしまったのかと思ったが、どうもそうではなかった。

で、あんまり続くから、いったい何が起きているのか?と、2ちゃんねらーのトモミに聞いてみた。ちなみにトモミは以前も当方のblogに登場しているから、覚えている人もいるかもしれない。

トモミ曰く「あのさ、モンゴル人力士はさ、定期的に飲み会を開いて、日本人がモンゴル語がわからないのをいいことに、モンゴル語で話し合って、星の回しあいをしてるんだって。

貴乃花はガチ相撲しか許さないから、弟子の貴ノ岩もその教えを守ろうとしたんだって。それで回しあいから抜けようとしたんだって。それに怒った他のモンゴル力士がなぐったんだよ。」

ほんとか嘘か分からないことを、まるで見てきたように言うのはさすがトモミだった。けど、わたしはそれを聞いた時、むしろ、当然じゃないのかと、思った。

相撲取りって、しょっちゅう九州場所とか名古屋場所とかいって、相撲を取っている。いわば生活とか、暮らしそのもの。4年に一回じゃないんだから、全部に本気出してたら大変だ。

テレビに映る貴乃花親方の一言も発しない緘黙ぶりは尋常じゃないとは思っていたが、そうと知れば合点がいく。貴乃花は、言いたくでも言えないでいるんだろう、NHKの手前もあるし。

「そっか、これで何もかもわかったぞ」とわたしは納得した。ところが、である。このような認識でいるのは、わたしだけだった。みな、何かしら見解をもっているのであるが、貴乃花を単純に悪者にしているか、もしくは貴乃花に肩入れしているか、あるいはモンゴル力士を悪者にしているかだった。

つまり、テレビの言っていることで判断している人と、テレビにうつる映像からの印象論を言う人と、週刊誌?を見た人とで、別れるのかな、と思った。

つまり、ひとそれぞれに考えが違うのは当然なのだが、それ以前の段階としての情報源(の伝える内容や姿勢)がまるで違う。

ところで、調べると、トモミが言っていたことは モンゴル力士「疑惑の互助会」が相撲界を蝕んでいる(2)秩序を乱す重大なルール違反 | アサ芸プラス と、アサ芸プラスに似ているので、こちらが元々のソースだったのだろう。

まあトモミもわたしも、相撲ファンというわけではない。相撲ファンはどう考えているのだろうか? うちの父親は毎回熱心にテレビ観戦しているファンだ。聞くと、やはり貴乃花が悪いな、と言ったような見解で、それ以上の面倒なことは考えていないようだ。あんまり考えると、楽しめなくなるからだろう。今まで楽しんでいたように楽しみたい、それくらいしかテレビで面白いのないのだから。と。

もう少しちゃんとしたファンの考えはどうだろうか?
何が大相撲に差別を呼び込むのか? | 時事オピニオン | 情報・知識&オピニオン imidas – イミダス

貴乃花が相当に復古調な人物なのが分かって面白かった。ただ、あくまでもモンゴル力士のものすごい味方なので、モンゴル力士集団も非民主的であることはスルーされている。日本、および相撲協会も非民主的(情報非公開、法令遵守しない、非民主的な運営)であるため、力士は部屋を変えることもできないし、親方絶体の価値観で身動きできないという。ひどい。

順番としては、相撲協会の方が先に民主的になり、ついでモンゴル力士もあんまり集まったりしないようにする、というのはどうだろう。

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