ブレードランナー2049。


これから観る予定の方は見ないでください!

この映画、一言でまとめるとレプリカントのレイチェルが子どもを産んでましたよ、という、なんとも子どもっぽい発想のオチを中心にすえてるんだけど、かなりもったいぶった作りになっていて、何かあると重厚なサウンドがものすごく長く、意味深に鳴り響く。そのつど、いったいこの状況でわたしはどういう心理状態で見てたらいいんだろう? と困ってしまった。

主役の男のあまりの魅力のなさにも当惑した。ルックスが平凡なのに加え、役柄がレプリカントのせいもあって、感情ってものが読めない。せめて猫とか亀でも出して餌を与える仕草を出すとか、そのときにちょっとほほえむ、くらいの可愛げがあったらまだ興味が持続したんだろうけど、感情もないうえに意思も不明確なうえに何を悩んでいるのか悩んでいないのかも分からないし、冒頭で旧型レプリカントを殺すシーンで少し胸が痛んでてくれればまだしも、どうもそうではない。ただし表情が変わらないだけであって、内面はいろいろあるのかもしれない。もうどっちなんだ? って変に疲れる映画だった。

思えば、この映画がある種の共感を呼ぶとしたら、多くの人が自分は人間らしさを獲得しこねていると悩んでいるからだろう。感情面でもそうだし、異性を前にしたときの反応も、子どもを生むに生めないという状況なども。あれほどまでに優しい女性(にプログラムされた偽物の女性)でないと心も身体も開けないKという男(のレプリカント)は、あるタイプの男性の心の叫びに聞こえたほど。

しかしなんといっても面白かったのは、ハリソン・フォードが、主役のK(ジョーともいう)とウォレス社の最強エージェントとの格闘シーンの後ろで溺れかけていたシーンだろう。なんであのかっこいいハリソン・フォードが、いくらおじいちゃんになったからといって、画面の隅っこでアップアップしてなきゃなんないのって考えたら、もう爆笑したいくらいだった。それにまず確実に言えるのは、ハリソンは今の役をやりながら「どーしてこういう展開になっちゃったの? おれ付いていけない」って相当に頭を抱えたに違いないってこと。もちろん、かなりギャランティが良かったから出演承諾したのだろう。それにしたって、解せない気分だろうって推測する。

それでも年寄りは若いモンに従うしかないんだよなーと思ったと思う。実際問題として、若いモンにはかなり不利な世界観だ。何よりもまず、肝心の未来が陳腐。オリジナルブレランに描かれたロスの街は酸性雨の降り注ぐディストピアでありつつも、なにこれ、すてき、わくわく。みたいな気持ちにさせる新しさがあった。ところが、あれから35年。ハリウッドをはじめフィクション界というのか映像界が、ありとあらゆる未来世界を描いてきたため、ブレラン2049に目新しさはない。それどころか、そのテクノロジーもうすぐ実現するんじゃない? と思わせるのが多かった。たとえばホログラムのような女性。自分の好みでセッティングしたのだろう。ああいうのは、あと一歩で実現してスマホで呼び出せるんじゃないか。

そういった意味では、作中「木」でできた馬が重要なアイテムだったのは、映画に質感をもたらしてすごくよかった。けど作成者に樹木への洞察と思索の形跡がないから、上滑りしてて浅かった。人間の女が偽の女の中をスキャンして言った台詞「あんたの中を見たけど、たいしたものはなかったわ」を地でいっている。惜しい。

最後は、雪のシーン。この未来、雪だけは美しいのだろうか? 当方英語力がないので、あったらもっと面白かったかも。

映画作成者達、1982年作のブレードランナーのムードを壊すことだけは、避けた。ともかく、ムードだけは守ったんじゃないだろうか。若い観客にとっては、35年前に生きていない以上、あたらしい未来に映っているかも、しれない。

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