Six Years

NHKが最近報じた格差の上と下

格差の下の方↓ 12日放映の「見えない貧困」。当方もみた。

この前の女子高校生の貧困報道では失敗しているため、今回は「相対的貧困」と「剥奪指標」という二つの論理性をバックアップするデータを駆使して、全体の説得力をあげていた。

なにせ、[【佐藤優】エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~ というのがあるくらいに、富裕層に貧困は想像も出来ない世界。NHKの視聴者が必ずしも富裕層ではないとしても、貧困感覚にうとい人は多いだろうから。

視聴者の反応→見えない貧困 – Twitterによる反響

格差の上の方 もしくは上を目指すべく頑張っている方↓

わたしは見てないが、「稼げる大人」になる!? 過熱する受験競争 – NHK クローズアップ現代+ というのを放映したそうだ。

「体験が人生とか学力に影響するのは、ショックなんです。
年収1,000万円の家庭のお子さんは、放課後、塾に行ってお稽古に行って、夏は海に行き、冬はスキーに行ける。
年収300万円を切った家庭のお子さんは、お父さんお母さん、頑張っていらっしゃるけれども、なかなか、お稽古も塾も行けない。
家でテレビと漫画とテレビゲームを見て、言葉で言うと“貧困な体験”しかできない。」

体験の格差については、データえっせい: 小学生の体験格差(2016年10月17日)も見たことがある。プアとリッチでは如実な差があった。

☆ ★ ★

追記就職氷河期とコレカラに、よくわからないながらも、ピケティとか追加してみました~r>g とかw

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わずか15人しかいない「社会変革」ブログカテゴリーだっ!!レアレア

「ニュース女子」という番組について

「ニュース女子」つう番組が、TOKYO MXにある。
先々月から2年ぶりにテレビを見始めたばかりのため、まったく知らん番組であったが、「ニュース女子」「ニュース女子」と、この単語が踊っているのを、最近見かけるようになった。

「ニュース女子」ってタイトルからしていい予感はしてこないが、ともかくYouTubeで確認したら、それはそれは目もあてられない惨状といっていい絵ヅラだった。左にむさいおっさんどもが6人横並び。右には4人くらいの若い女達。

この女達をもって女子ってことにしてるらしい。まったく図々しい。どこが女子だよ。女子ってのは高校までの学校用語なんだ。なんでもかんでも女子って言って誤魔化す風潮やめなよ。確かに「女子をこじらせて」という、あのタイトルが秀逸だったのは認める。タイトルだけで自意識との格闘が伝わってきつつも著者が才気煥発なのをよーく分からせてくれたし、「このコトを言い現したい」と女性なら願ってやまなかったものを(けど誰もできなかった)見事に表現しているに違いないと、思わせた。

だからもう、あれはあれで女子はやめた方がいい。

この番組だって、むさいおじさんたちに女性達がニュースを教わっている構成だが冗談じゃない。教えを乞うのはお前らおっさんどもの方だろう。ナニを知っているんってんだよ、あんたたちおっさんどもが。そう言ってやればいいのに。自民党一党支配の世の中じゃ、そうやってニコニコ笑って商品価値高げな女でいる以外にないのかもしれない。田舎にいたら自民党的価値観だと「子だくさんの母親になる。できれば四世帯同居」くらいの女にならないと駄目出しもんだ。そういうのは絶対に厭だから、テレビに出てるンだろうし。

せめて少しはキラリとしたことを言ってほしい。それが本当の商品価値だよ、商品価値っていうのならさ。

☆ ★。.. ‘★…☆ ☆ ★。.. ‘★…☆

本当は「ニュース女子」のいやらしい偏向内容について書こうとしてたのに、女子の方へ。

この番組、要するにマスメディアのくせに2ちゃんねる化してる、今さら。むさいおっさん達、2ちゃん板の常連なんだと思う。

参照:『ニュース女子』#91 – YouTube

参照2:ニュース女子問題、東京新聞が「深く反省」 長谷川幸洋・論説副主幹が司会


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高橋まつりさんのことと働き方のこと

高橋まつりさんのお母さんが、慰謝料など解決金の支払いや再発防止に向けた取り組みを進めることで電通と合意した、という。

高橋さんのお母さん、わたしと同じ年。娘をこんな風に亡くすなんてどんなに悲しくて悔しいだろう。少し想像しただけで涙涙になりすぎて、それ以上無理。高橋さん母の手記全文(昨年の12月25日の手記)によると、まつりさんは中学受験することを10才の時に自分で決めたという。

それ以降、東大というトップ 1 を目指し夢に向かって努力してきた。この文にも書いてあるけど、こうなるともう母親だからと言って止めることはできない。本人がやると頑張っている以上、応援するしかない。

悔しいのは、よりによって「地域格差・教育格差・所得格差」の下にいるほう、そして母子家庭であるなどの不利を負っていたほう、そして、若くて女性という、何重も立場の弱いほうに、社会のゆがみのトバッチリがいってしまうこと。

電通って8割くらいが有力者のコネ入社らしいけど、そういう人にトバッチリがいくわけじゃないこと。

まつりさんのお母さんは、もちろんコネ入社の人がどうのなんてことを問題にしているわけじゃないけど。

ほんとに長時間労働やめようよ。わたし達の子どもを殺さないでっ!!

昨今の時間術の本とか、海外CEOの書籍とか読むとみんな8時間睡眠 2 のうえに昼寝までしてるよ。

朝はやたらと早く起きて、夜早く帰って家族との時間も大事にして。あんだけたくさんの本が、睡眠の大切さを説いてて、脳科学みたいのも実証してて。

早く企業も取り入れたらいいのに。

日本の長時間労働の激務じゃそもそも脳が働いてないよね。

わたしなんかこういうブログすら、睡眠時間が少なくて頭がボーっとなってたら脳みそが機能してないなと思って、書くの放棄してるもんね。3

おのおのの生体としてのポテンシャルを最大限に生かせる働き方するんでないと、楽しくないって言ったら軽すぎるけど、どういうんだろ、ぜったい非効率なんだ。

 

東京新聞の記事の切り抜き
東京新聞より

記事より引用

若い人たちに「がんばりすぎないで、どこかにSOSを出してほしいし、逃げてほしい」と訴えた

 


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脚注


  1. トップ、という言い方はお母さんはしてない。けど、頑張り屋で成績もよく周囲も応援してくれてたら、私大はお金もよけいかかるから、東大という選択肢となるだろう、と、わたしが勝手に考え補足的に書きました。 
  2. 8時間とは限ってない。けどだいたい6時間が最低ラインかなぁ。例外で4時間というのもあることはあった 
  3. 書こうと思えばできるけど、それじゃ意味がない。自分比最高に頭が働いているときに書くのが快感だし、楽しいのだ。 

2:謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?

モンスターたちのイラスト
★モンスター★

10月25日に謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?という記事をPOSTした。かなり頑張ってPOSTした。

が、ほんとうの「行方」は、25日以降に起きていたのである。わたしはぜんぜんそれに気づかなかった。それもそのはず、わたしはchromeの設定でSNSのコメントやボタンや広告全般をブロックし、不要な情報は目に入れないようにしている(しててもどんどん入ってくるが)。気が散ってブログが書けないからだ。

先日、同記事に奇跡的にありがたいコメントがあり確認すると、change.orgには署名者用コメント欄とは別に、「ディスカッション」なる欄があったのである。「ディスカッション」にはFacebookにログインすることで参加(投稿)できるらしかった。

でもって野上氏は、ハフィントンポストへの寄稿や長谷川氏本人との対談を経験することで、さらに関心を深め、それ以上どうにもなりそうもない長谷川氏の「謝罪」は置いておいて、「保険証ゴールド免許」について小泉議員に質問を送った模様であった。

ここらへん、わたしは寄稿も対談も読んでいたので、その自然な流れだなと思い、その報告メッセージを見ても「ふーん、頑張るなあ」というノンキな感想をもったのみであった。

ところが、寄稿も対談も読んでいない、というか、そんなには深く考えずに署名した人というのもけっこういる。

もともと署名とはそういうもんだろう。

その件について、たくさんの時間や労力を捧げることはできないけれど、名前だけで力になれるのなら。と、そういう考えで署名する。

発起人に比べたらはるかにちょっとしか考えていないのが、一般の署名者なのである。(わたしとてそう)

そのせいばかりではないだろうが、小泉進次郎議員の提案について というメッセージのあとやたらと荒れ始める「ディスカッション」。

といっても、最初の上記「ディスカッション」、92件あるコメントのうち、中立的、もしくは野上氏へ肯定的な意見は1/9はある。反対に二名いるバッシング専門の人が全コメントの1/6。

見るとバッシング専門の人は、自分のコメントが、動揺した他者に影響を与える風なのに気を良くして、より強化増幅する方向へ動いているようだ。

最初の中立、肯定の意見を言う人は、だんだんと姿を見せなくなる。

当然である。同じことを何度も言うほど暇ではないし、そんな退屈なことはやってられない。言うべき意見を言ったらそれ以上言う内容はなくなる。

2ちゃんねるも同じで、まともな意見は最初の方に出て、あとは姿を消す。

あとはどうでもいいというか、目的が違う方へ向いた人が自身の存在アピールのためかなんかしらんけど、いつまでも板に粘着する。

要するに「ディスカッション」でもなんでもない。change.orgは、Facebookユーザーだから信頼できると思っているらしいが、ぜんぜん実名顔出しでもなんでもなくて利用できているのだし、適当なところで「ディスカッション」を切る仕組みにした方がよくないか?? て思った。


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長谷川さん、よく聞きな

謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!? | Six Yearsの続き。

長谷川さんの立派なネクタイと顔が入れ替わったイラスト
長谷川さん、服とネクタイだけは立派なので顔と入れ替えた

「長谷川豊さんになぜ強く反論しなかったのか」対談した腎臓病の女性患者が疑問の声に答える(ハフィントンポスト)

確かに、聞き役に徹している印象もある対談だったけど、それには理由があった。
長谷川さんは、自分への抗議の声をあげている野上さんの話を聞く姿勢をもっておらず、自分の主張をするばかりで、野上さんの話もさえぎってまで言いたいことを言っていたからだった。

「節制ができなかった」患者を「脱法ドラッグを吸った、ラリった状態で車を運転して事故を起こした」という風に喩えました。この言葉は、彼の倫理感覚に不安をおぼえる喩えでした

脱法ドラッグって、危険ドラッグに名前が変わって、それでラリって運転して事故ったら犯罪でしょう? 犯罪というのは、この社会で「やってはないけない」と法律でちゃんと区分けされていること。

法律がダメといっていることをやったら犯罪者になるんで、ダメといってないことをやるのは基本自由。

それですら法廷で弁護士もついて、手続きを踏んで裁かれるというのに、長谷川さんの場合、トンチンカンな尺度で人を裁いて正義漢ぶってるのだから、いい加減にしてほしい。

しかしなんといっても、

長谷川さんは対談中、医療が崩壊すると「みんな死ぬんです」と何度か言いました。病人は、自分の死をある程度覚悟しています。中にはもう既に死にかけたことがあるような人もいるでしょう。「いずれみんな死ぬ」のはわかっています。生きるのはつらい、でも死ぬのもつらい。だからこそ、そのような、気を引くために生死を気易く持ち出す感覚こそが神経を逆撫でするのです。そのことをもっと考えてほしいです。

「気を引くために生死を気易く持ち出す感覚」を根本的に改めないといけないね、長谷川は。できるのかな。

「先天的に既に病を抱えている人は含まない、ちゃんと治療に取り組んでいる人は含まない」というのは、単なる恣意的切り分けだと思います。

この言い方もほんと、イヤらしい。(当然、「」の中の言葉がイヤらしいという意味)
このイヤらしい人の裁き方。なにを偉そうにまあ。

■「モンスター患者」を知らなかったのはある意味気の毒

このパターン、他でもみかける。

<生保受給者は、清貧にあえぐ心美しい人でないといけない>

<病気で福祉受けてる人は、肉体が病気になったがため精神性は高められ、高潔な人格となり、言葉や態度も礼儀正しく、世間様にいつも手を合わせて感謝していないといけない>

的な。

んなわけないでしょう。

あったとしても、強盗や殺人者~すごくいい人までバリエーションがある社会と、同じ割合でいるだけだ。たぶん。

透析患者に「泣くなら殺せ」とまで言っていた人が、いきなり「移植は推進したい」と言ったら、もう本当に何も知らないで言いたいこと言ってるんだな、ってなりますよ。

長谷川サンほんと虫がいいから「腎臓移植を推進したい」とか言い出せば逆転勝訴になるかなーと思ったんだろうけど、そうは問屋が卸さないよと。

(長谷川サンはともかくとしても、腎臓移植についての一端を、ここで知ることができた。

ここまで真剣に考えてくれる人、これからはもう現れないよって、長谷川サンに言いたい。