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カテゴリー: 社会系

広く日本社会全体と、自分の地元に絞り込んだ地域社会と、報道で知る社会問題全般と、範囲は広いです。自分に身近な話題から先に考えたことをつづります

高橋まつりさんのことと働き方のこと

記事の分類:日記社会系

高橋まつりさんのお母さんが、慰謝料など解決金の支払いや再発防止に向けた取り組みを進めることで電通と合意した、という。

高橋さんのお母さん、わたしと同じ年。娘をこんな風に亡くすなんてどんなに悲しくて悔しいだろう。少し想像しただけで涙涙になりすぎて、それ以上無理。高橋さん母の手記全文(昨年の12月25日の手記)によると、まつりさんは中学受験することを10才の時に自分で決めたという。

それ以降、東大というトップ 1 を目指し夢に向かって努力してきた。この文にも書いてあるけど、こうなるともう母親だからと言って止めることはできない。本人がやると頑張っている以上、応援するしかない。

悔しいのは、よりによって「地域格差・教育格差・所得格差」の下にいるほう、そして母子家庭であるなどの不利を負っていたほう、そして、若くて女性という、何重も立場の弱いほうに、社会のゆがみのトバッチリがいってしまうこと。

電通って8割くらいが有力者のコネ入社らしいけど、そういう人にトバッチリがいくわけじゃないこと。

まつりさんのお母さんは、もちろんコネ入社の人がどうのなんてことを問題にしているわけじゃないけど。

ほんとに長時間労働やめようよ。わたし達の子どもを殺さないでっ!!

昨今の時間術の本とか、海外CEOの書籍とか読むとみんな8時間睡眠 2 のうえに昼寝までしてるよ。

朝はやたらと早く起きて、夜早く帰って家族との時間も大事にして。あんだけたくさんの本が、睡眠の大切さを説いてて、脳科学みたいのも実証してて。

早く企業も取り入れたらいいのに。

日本の長時間労働の激務じゃそもそも脳が働いてないよね。

わたしなんかこういうブログすら、睡眠時間が少なくて頭がボーっとなってたら脳みそが機能してないなと思って、書くの放棄してるもんね。3

おのおのの生体としてのポテンシャルを最大限に生かせる働き方するんでないと、楽しくないって言ったら軽すぎるけど、どういうんだろ、ぜったい非効率なんだ。

 

東京新聞の記事の切り抜き
東京新聞より

記事より引用

若い人たちに「がんばりすぎないで、どこかにSOSを出してほしいし、逃げてほしい」と訴えた

 


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脚注


  1. トップ、という言い方はお母さんはしてない。けど、頑張り屋で成績もよく周囲も応援してくれてたら、私大はお金もよけいかかるから、東大という選択肢となるだろう、と、わたしが勝手に考え補足的に書きました。 
  2. 8時間とは限ってない。けどだいたい6時間が最低ラインかなぁ。例外で4時間というのもあることはあった 
  3. 書こうと思えばできるけど、それじゃ意味がない。自分比最高に頭が働いているときに書くのが快感だし、楽しいのだ。 

2:謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?

記事の分類:社会系
モンスターたちのイラスト
★モンスター★

10月25日に謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?という記事をPOSTした。かなり頑張ってPOSTした。

が、ほんとうの「行方」は、25日以降に起きていたのである。わたしはぜんぜんそれに気づかなかった。それもそのはず、わたしはchromeの設定でSNSのコメントやボタンや広告全般をブロックし、不要な情報は目に入れないようにしている(しててもどんどん入ってくるが)。気が散ってブログが書けないからだ。

先日、同記事に奇跡的にありがたいコメントがあり確認すると、change.orgには署名者用コメント欄とは別に、「ディスカッション」なる欄があったのである。「ディスカッション」にはFacebookにログインすることで参加(投稿)できるらしかった。

でもって野上氏は、ハフィントンポストへの寄稿や長谷川氏本人との対談を経験することで、さらに関心を深め、それ以上どうにもなりそうもない長谷川氏の「謝罪」は置いておいて、「保険証ゴールド免許」について小泉議員に質問を送った模様であった。

ここらへん、わたしは寄稿も対談も読んでいたので、その自然な流れだなと思い、その報告メッセージを見ても「ふーん、頑張るなあ」というノンキな感想をもったのみであった。

ところが、寄稿も対談も読んでいない、というか、そんなには深く考えずに署名した人というのもけっこういる。

もともと署名とはそういうもんだろう。

その件について、たくさんの時間や労力を捧げることはできないけれど、名前だけで力になれるのなら。と、そういう考えで署名する。

発起人に比べたらはるかにちょっとしか考えていないのが、一般の署名者なのである。(わたしとてそう)

そのせいばかりではないだろうが、小泉進次郎議員の提案について というメッセージのあとやたらと荒れ始める「ディスカッション」。

といっても、最初の上記「ディスカッション」、92件あるコメントのうち、中立的、もしくは野上氏へ肯定的な意見は1/9はある。反対に二名いるバッシング専門の人が全コメントの1/6。

見るとバッシング専門の人は、自分のコメントが、動揺した他者に影響を与える風なのに気を良くして、より強化増幅する方向へ動いているようだ。

最初の中立、肯定の意見を言う人は、だんだんと姿を見せなくなる。

当然である。同じことを何度も言うほど暇ではないし、そんな退屈なことはやってられない。言うべき意見を言ったらそれ以上言う内容はなくなる。

2ちゃんねるも同じで、まともな意見は最初の方に出て、あとは姿を消す。

あとはどうでもいいというか、目的が違う方へ向いた人が自身の存在アピールのためかなんかしらんけど、いつまでも板に粘着する。

要するに「ディスカッション」でもなんでもない。change.orgは、Facebookユーザーだから信頼できると思っているらしいが、ぜんぜん実名顔出しでもなんでもなくて利用できているのだし、適当なところで「ディスカッション」を切る仕組みにした方がよくないか?? て思った。


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長谷川さん、よく聞きな

記事の分類:社会系

謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!? | Six Yearsの続き。

長谷川さんの立派なネクタイと顔が入れ替わったイラスト
長谷川さん、服とネクタイだけは立派なので顔と入れ替えた

「長谷川豊さんになぜ強く反論しなかったのか」対談した腎臓病の女性患者が疑問の声に答える(ハフィントンポスト)

確かに、聞き役に徹している印象もある対談だったけど、それには理由があった。
長谷川さんは、自分への抗議の声をあげている野上さんの話を聞く姿勢をもっておらず、自分の主張をするばかりで、野上さんの話もさえぎってまで言いたいことを言っていたからだった。

「節制ができなかった」患者を「脱法ドラッグを吸った、ラリった状態で車を運転して事故を起こした」という風に喩えました。この言葉は、彼の倫理感覚に不安をおぼえる喩えでした

脱法ドラッグって、危険ドラッグに名前が変わって、それでラリって運転して事故ったら犯罪でしょう? 犯罪というのは、この社会で「やってはないけない」と法律でちゃんと区分けされていること。

法律がダメといっていることをやったら犯罪者になるんで、ダメといってないことをやるのは基本自由。

それですら法廷で弁護士もついて、手続きを踏んで裁かれるというのに、長谷川さんの場合、トンチンカンな尺度で人を裁いて正義漢ぶってるのだから、いい加減にしてほしい。

しかしなんといっても、

長谷川さんは対談中、医療が崩壊すると「みんな死ぬんです」と何度か言いました。病人は、自分の死をある程度覚悟しています。中にはもう既に死にかけたことがあるような人もいるでしょう。「いずれみんな死ぬ」のはわかっています。生きるのはつらい、でも死ぬのもつらい。だからこそ、そのような、気を引くために生死を気易く持ち出す感覚こそが神経を逆撫でするのです。そのことをもっと考えてほしいです。

「気を引くために生死を気易く持ち出す感覚」を根本的に改めないといけないね、長谷川は。できるのかな。

「先天的に既に病を抱えている人は含まない、ちゃんと治療に取り組んでいる人は含まない」というのは、単なる恣意的切り分けだと思います。

この言い方もほんと、イヤらしい。(当然、「」の中の言葉がイヤらしいという意味)
このイヤらしい人の裁き方。なにを偉そうにまあ。

■「モンスター患者」を知らなかったのはある意味気の毒

このパターン、他でもみかける。

<生保受給者は、清貧にあえぐ心美しい人でないといけない>

<病気で福祉受けてる人は、肉体が病気になったがため精神性は高められ、高潔な人格となり、言葉や態度も礼儀正しく、世間様にいつも手を合わせて感謝していないといけない>

的な。

んなわけないでしょう。

あったとしても、強盗や殺人者~すごくいい人までバリエーションがある社会と、同じ割合でいるだけだ。たぶん。

透析患者に「泣くなら殺せ」とまで言っていた人が、いきなり「移植は推進したい」と言ったら、もう本当に何も知らないで言いたいこと言ってるんだな、ってなりますよ。

長谷川サンほんと虫がいいから「腎臓移植を推進したい」とか言い出せば逆転勝訴になるかなーと思ったんだろうけど、そうは問屋が卸さないよと。

(長谷川サンはともかくとしても、腎臓移植についての一端を、ここで知ることができた。

ここまで真剣に考えてくれる人、これからはもう現れないよって、長谷川サンに言いたい。

謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?

記事の分類:社会系

change

8日の日に、野上春香さんという女性が起こしたキャンペーンの紹介をした。某アナウンサーの人権侵害に怒り、「ブログでの謝罪」を求める署名キャンペーンだ。もちろんわたしも署名した。

あれから二週間以上が経過した。キャンペーンが成功したのかどうかの確認と、さっきあらためて(つーか初めて)某アナウンサーのブログを読んだので、記録する。
そのついでに、今は人工透析になって職場を去った元同僚にして供に暴飲暴食した仲である、わたしの友人Iさんについて記していこう。

長谷川豊だけじゃなくこの番組もグロい

記事の分類:未分類社会系

30秒ほどの動画。みんなで笑っている。いじめのよくある光景。誰も叱らないし怒らないし対立しない。

長谷川某にはそれが解っている。誰も険悪なムードをつくらないこと。笑いながらほがらかに他人を殴れるのがテレビだってこと。和気靄靄至上主義。わきあいあいとしていれば視聴者は無批判、無思考に安心する。

その結果、こんなに凄いグロテスクな場面が出来上がった。


ところでこの、「ブログでの全面謝罪」を要求するキャンペーン、怒り任せでは決してなく、きちんとした正当なことが書いてあります。わたしもchange.orgに賛同ボタン、押しました。

労働生産性、あと介護報酬太り、あと大口病院の事件

記事の分類:社会系
zatsudan
いろんな世代が集まる老後と介護。サンクス:いらすとやさん

横浜市の病院で起きた、高齢者点滴殺人事件。

まだ犯人は捕まっていない模様。どう考えても内部犯行、それも看護師がやったに違いないと思える。

病院か、同僚かが気に入らなくて起こしたように見えるが、そんなのが気に入らないからってお年寄りを殺してどうする? あたしなんか厭がらせで大事なMEMO隠されたりとかしょっちゅうだったよ。やったのは、年配の意地悪ナース。

そんな意地悪ナースでも、さすがに患者サンの薬や点滴には手を出さなかった。

そこまで墜ちてどうする!?

その一方、高齢者の命についてもちょっと考えたので後述する。が、とりあえず高齢者といえば「みんなの介護」なので、また見てみた。

このサイト、しばらく見ないでいると、どんどん内容が新しくなっている。「賢人論。」も、どんどん次の人が登場して、いろいろ力強く主張している。今は高須クリニック社長だ。

高齢者にこそ整形美容をすすめるという発想は、「みんなの介護」で何度も上がっているGDPとか労働生産性という意味からも、ナイスアイデアじゃなかろうか。

整形美容がさほど好意的に思われていない日本だけれど、高齢者がやるぶんには、これから子どもが生まれるわけでもないし、「親からもらった顔に傷をつけるなんて」という批難も今更関係ないだろうし、本人も顔を変えて別人の人生を歩みだせて、一粒で二度おいしい人生になって、グッドじゃないか?と思った。

(→別人ってほどじゃなく若返る程度でも)

ここらへん、高齢者だから、老人だからという先入観は捨ててみたいところだ。

一方やまもといちろうゼミ第8回は、「労働生産性」という言葉を中心にすえた難しい内容。以前から当方、<高齢者の介護が何かを「生産」などするはずはないのに、どうして「生産性」「生産性」というのか??>と、不思議だった。

これを読んで(といえるほど理解していないが)、その理由は「計算方法」による?のと、経済や労働の指標?のようだと分かった。

ハイライトはふたつある。

  1. 実は日本の製造業は世界でもトップの労働生産性を誇っている
  2. 介護報酬太りをした社会福祉法人の問題

一方で、慶應義塾大学の土居丈朗教授が説明するように、介護報酬太りをした”社会福祉法人の内部留保問題”があり、国家が老人を助けるために介護に資金を拠出しても、肝心の社会福祉法人が介護職の待遇改善にお金を使わず内部留保や別枠投資に資金を投じてしまうと意味がないわけです。

一つ目のハイライトはめでたい話なのと意外(わたしには)な話だったので、本文を読んでいただくとして、二個目はひどい

関連したことで前回の賢人論。で高橋氏 も、

高橋 少なくとも、私がやっていた年金の話で言うと、厚生労働省の年金のアクチュアリーが言っていることはそれほど間違いではありません。将来の人口動態を予測しながら、5年に1回ずつ変えていけるんです。これと同じようなやり方を介護保険や医療保険でやっているかというと、私は介護や医療は専門外だから詳しくはわからないけれど、やっていないような気がするけどね。だから、けっこういい加減な雰囲気で言っているんじゃないかと。

太字は当ブログ

「やってないような気がする」と、聞き捨てならないことを喋っていた。

40才になると毎月取られことになる介護保険料。今後は若者からも徴収しないといけなくなりそうと、当の高橋氏も言ってるわけだけど、それの管理が「年金数理」に基づいたちゃんとした専門的ものではないズサンなもののうえに、「内部留保や別枠投資に資金を投じて」(こっちはやまもとソース)いる、というのだから、許しがたい。

これについて高橋氏は「保険である以上は、独立した第三者が介護保険料を計算する仕組みを作るべき」と提案している。

その一方やまもと氏は、その話には自分で言っててさして興味ないみたいで、サラっと流されているから、ほんとうに言いたい事は何なのか?

誤解を恐れずに言うと、一般論として福祉事業は、社会的に富を生み出すことの少ない産業です

つまり、氏が言いたいのは、介護はもっと手を抜いてもいい、という方向なのか、あるいは、「安くて高品質のサービスを受けるの当然」と思っている日本人のサービス観への批判なのか?

たしかに、日本はチップってないし。
アメリカのレストランの場合、料理の値段の15から20%をウェイトレスにチップとして払うみたいだし。

高齢者というのは、すでにして90年も100年も十分に生きた方である以上、<「命」を大事に>はもちろん正しいのだけど減価償却しきった命といったら物品みたいでナンだけど、難病を抱えた人や障害者という軸とは別枠で考えてもいいのではないか‥‥

 

あるいはなんか創意工夫する余地も、必ずあるはずだ。(上の美容整形もその一つ)

介護する方、される方、両方にとって良い何か。

 

 

 

 

 


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