Six Years

新企画。ガジェット通信の政治・経済・社会のトップを見てなんか綴る!!

新企画である。

なんで写真まで載せたかというと、ほんとうにトップにあった記事かどうか疑われるとイヤだからである。

でもって、今日のそれが

インターネット上のサイトで「ミスターブレイン」と名乗って投資家を勧誘し、無登録のまま約800万円の運用を代行したとして、愛知県警豊田署などは1日、金融商品取引法違反(無登録営業)の疑いで、岐阜県各務原市那加前洞新町の投資会社社長川合竜也容疑者(46)を逮捕した。「運用はしていない」と話しているという。

 県警によると、川合容疑者は証券口座のパスワードを預かり、外国為替証拠金取引(FX取引)の自動プログラムで運用。全国200人以上から数億円に上る資金を任されたとみられ、収益の半分を受け取るなどしていた。

 逮捕容疑は2014年7月〜15年1月、男女6人から投資を任され、客名義で取引を代行し、無登録で運用業を営んだ疑い。

 県警は5月、「ミスターブレインに預ければ絶対に勝つ」と資金を集めた男を詐欺容疑で逮捕。川合容疑者は男の事件に関与していなかったが、捜査の過程で不正な運用代行が発覚した。 

[時事通信社]

と、自分的にものすごくどうでもいいニュースで途方にくれた。

なんだそのミスターブレインって? そんな恥ずかしいニックネームつうかハンドルネーム名乗ってる時点で正気を疑うわ。

何も書く気がわかないので、仕方なくミスターブレインで検索することにした。ところが、ミスターブレインはありふれた固有名詞と化しているらしく膨大にヒット。膨大すぎて、該当する人物はみつからず。

ただ、おそらく、これはこんにち的には、注意喚起の必要のあるニュースだろう。

なぜなら昨今の投資ブームは、誰もかれもが熱に浮かされたように「金、金、金」と金にばかり目の色を変え、いつなんどき、こういう詐欺に合うかわからないからだ。

 

実は告白すると、かく言うわたしも今年、「運用しなきゃ」と思い始め、うんよううんよう、なにしてうんよう

とばかり(シャレにもなってないw)、とりあえずお手軽に外貨預金をはじめた。

どこの国にしようかなーと思って、オーストラリアが好きだからオーストラリアドルにした。

それに、ユニークな人材を生み出す国だから(イーガンやアサンジ)有望だろうと思ったからである。

ただ有望たって、有望だったらオーストラリアドル高になるのか、はたまた安になるのかもわかっていない自分である。

実際、一月ほど前に見たら、3000円くらい減ってたね。(減ってたという表現で良いのかどうか・・・)

ともかく、13000円外貨預金したのが、10000円になってたような気がする。

それ以来もう見てないし、早くも「こりごり」感が自分の中ですごいんで、もうやらないかなぁ。

ま、そんなで、もっと詳しいこと書いてあったのは【逮捕】ミスターブレインの名を利用して4億円を集めたFX投資詐欺容疑で逮捕【愛知】かな。

騙されたのか、単に普通に損したのか分かりづらいのがこの手の世界、みたい。なるほど。

相馬市の訪問看護センターがナースを募集中です

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ホームページがあるのでそちらを見てください。クリックで大きく表示されます。鞄に押し込んだのでシワシワ汗

先日、郡山で開催されたせいしん科看護の学術集会に行ってきました。

とても面白い話しが多数聞けました。

その中で一つここで報告したいのは、日本のせいしん科は世界で一番入院数が多い(つまり病院に閉じ込めている数が多いし人権軽視している)と、批判を受け続けて来たわけですが、確実に、一歩、一歩と改善の道を歩んでいる、ということです。

日本の中の例外としての都心で起きている現象、というわけではなく

全体の道のりは遠そうではあるけれど、前進しているのは確かです。

さて、この話しの続きはまたの機会に譲るとして。

福島のせいしん科について、昨年も相馬の方がお話ししてくれたのですが、今年は女性の登壇者が目立ち、さらに充実していました。

福島、とくに相双地区の訪問看護の方の発表です。

本来、せいしん科訪問看護は入院外の患者様(メンバーさんとか、何か他の言葉を使っているかもしれません)のお宅を定期的に訪問するシステムですが、相双地区ではせいしん科のしばりをとっぱらい、仮設住宅に住む人たちを訪問するなどの活動を行っています。

実は今現在、本住宅の建設が着々と進んでいるため、この6月で仮設住宅への支援は中止になる、とのこと。ただ新しい住宅は、大家族がいっしょに住めるような作りではないようですが。

今まで、仮設の暮らしに慣れていたものをまた変わるということは、仮設で培った仲間意識というか、人とのつながりが絶たれるということなので、寂しいものがあるそうです。

とはいっても、本物の住宅は仮設の側に立てているので、いちおうそこはさほど深刻ではないようです。

しかし、仮設ではないからといって、気持ちはやはり「避難している」というものだそうです。
好きで移り住んだわけではない以上、今までもそうだったように「避難している」意識は消えたわけではないそうです。

そして、震災から4年以上が経過し、気持ちが楽になったというよりもむしろ、今になって何か言わないではいられなくなった、という方がいるそうです。

相双地区のナースは自身も被災者であることが多いだけに、今またもう一度あのつらさを受け止めねばならない厳しさがある様子でした。

そのための、マンパワーは大変に不足しているそうです。

そこで僭越ながら宣伝です・・・

自分が被災者というわけではないからこそ、話しを聞いて受け止められることも多いと思うので、ぜひナースの募集に応募してみてください。

わたしも行けたら行きたい気持ちはあるのですが、普通免許を持っていないうえに准看なので資格要件を満たしていません・・・・・ああ中途半端な自分・・・・
と、嘆いてみてもしょうがないので、こうして広報役くらいは、と考えた次第です。

こちらから聴き出すというよりも、相手の方が話したい、喋りたい、語りたい、という気持ちになった時に、受け止める、あるいは、そうしやすい環境を作る、
といったことかと思います。

発表の方は、「東京ではもう、震災のことも原発のことも忘れかけていると思います」と言っていました。

それを非難しているわけではないですし、忘れないでと懇願しているわけでもないのです。ただ、そう言っていました。

忘れないでいることが、すなわち哀れむことや好奇心になられても困るからかと思いました。

求めていることはそういうことではないのでしょう。何が求められているのか、それをハッキリと知ることは出来ませんでした。

いえ、一つ、確実に求められたことがあります。

マンパワーです。

「取り残されるのは高齢者や障害者」なのだとも言っていました。そのことに危機感を覚えているのだと思います。

昨年の登壇者は問題の「先鋭化」が震災によって起きた、と言っていました。

震災前からあったこと(過疎化など)が、より先鋭化した、ということでした。

たぶん、先鋭化がまだ続いているのだと思います。

4年が経過して、よりよくなった、明るくなった、楽になったということはないそうです。さきほども書いたように、4年経過したからこそ、PTSDとは言わないけれども、出てきている人々の心のありようがあるようでした。

 

mail:info@annaka21.netへ連絡してくれてもOKです

constitution 2015~またまた憲法を考える~

constitution 2015~またまた憲法を考える~  ←わたしが作ったページ

以前も当ブログで、2012年に自民が作った草案について少し考えましたが、中途半端だったため気になっていました。

そういうことで、も一回ページを作ろうと思いました。

わたしは、憲法を変えるのに絶対反対ということはないです。自民党が勝手に作るのがイヤなだけで。

憲法は、できるだけ多くの人が参入する市場であってほしいわけです(市場じゃないだろーけど)。

とはいえ、若い人などは非正規雇用でブラック企業でこき使われてヘトヘトという現実もあると思うので、閑な人がある程度、ガイドラインを作るのは良いことだと思うのです。

そんなで途中までやってみました。

ほんらい、日本国憲法、短い文書なのでそんなに読むの大変じゃないのですが、自民の作った草案はダラダラと長くなっていて、非常にやりづらくて、てこづります。

けど、自民が作ったものだからぜったいダメな品質とは決めつけずに、とりくんでみようと思います。

【長谷川健一著『原発に「ふるさと」を奪われて』英訳&電子書籍化企画について】

ubawareta

【長谷川健一著『原発に「ふるさと」を奪われて』英訳&電子書籍化企画について】

宝島社のこの本を英訳・電子書籍化するための寄付金を募っています。

宝島社のこの本ではないですが、オフィスエムの小冊子で『奪われた故郷』、わたしも読みました。(感想

原発立地地区は他に産業もなく貧しいから原発を受け入れざる得ないという説がありますが、長谷川氏が酪農を営んでいた飯舘村はそんなのとは無縁、「までいな」村作りでとてもうまくいっていました。

というか、それ以前に飯舘村は原発から30キロ離れているので原発の恩恵は何も受けておらず、ということは原発の説明なども受けておらず。それが「たんこぶ」状に飛散した放射性物質のせいで牛たちを失い、家族も被爆させと大変な思いをしました。

しかし、長谷川氏は、日本人にありがちな「黙々と耐える」ことを選ばす、自分らの経験を日本中かけまわって講演したり、本を出版しています。

その世界版となる翻訳ですから、応援したいですね。

視点・論点 「色覚と社会の認知」

視点・論点 「色覚と社会の認知」

NHKの<視点・論点>に、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構
副理事長 伊賀公一氏の解説がアーカイブされました☆

もともと「色の見え方」という人の主観を、異常だ正常だと判定すること自体、もうぜったいに無理のある話でした。とはいっても、サイエンスの立場にしたら、遺伝子という現象を扱っているにすぎないことではあるわけで。わたしも一時期はサイエンスを目の敵にしていた時期もあったけど、色弱者の人には大のサイエンス好きが多いので、すごすごと引き下がってみたり笑

要は、誰が、どういうスタンスで語るのかで変わってくるのが色覚だし、あるいは身体・感覚器官なのか? とか、いろいろ考えました。

しかしそんなことよりも、日常を生きる生活者としての色弱者にしてみたら、不便なことや困ったことは、できるだけ抵抗なく言える/訴える ことのできる世の中がいい世の中のはずです。※

そのための助けとしても、こういう解説がひとつ、NHKの<視点・論点>に加わったことは心強いです。色弱者について理解の少ない状況に出会ったら、このURLを参照してもらってもよいですね。NHKは、なんだかんだ文句をいわれつつも、日本の公式見解と位置付けられているはずですし。

にしても、多様性とは、「多様であるな」とする圧力とたたかうことを意味しますね。廃止された色覚検査にしても復活を唱える声もあるそうです。「異常は異常と早く知るべし」「異常とわきまえて生きるべし」という意味の声なのかと邪推します。

もともと色覚検査は、多様性を前提として行ってきたわけではなく、異常のレッテル貼り、というのは言い過ぎとしても、検査後、当人の不便を緩和するための環境整備をするとか、あるいは本人に、色彩・色デザインについて教育をするわけでもなく、ほんとに無目的なものでした。

で、そのことに、皆が途方に暮れて、どうにもならなくて廃止になったわけで。
一部に「人権厨が廃止に追い込んだ」的なこと書いてあったけど、そんなものではないでしょう。

えーーと、話が長くなってきました。

まだまだ、パイロットのお題の答えは、わたしには出せてません。

なんだかんだいっても、面白い話なんです。色は、光は、そして人は。

とにもかくにも、カラーユニバーサルデザインCUDOさん、頑張ってください。

※(この解説では、「色弱者は、一般の人が配色による利便性を享受していることに気づいていない」という点を、まずひとつの問題点としてあげているため、不便かどうか以前にも問題が)