PART2.明治元年から150年。今振り返る、明治と大正と昭和と平成。もしくは日本の右と左

米軍普天間基地の辺野古移転に反対
きっぱりとNO。わたしも米軍普天間基地の辺野古移転に反対で~す

沖縄の翁長雄志知事が亡くなってしまった。

沖縄にこれ以上米軍基地を作らせないために政府と戦ってきた。

政府と戦いたくなんかなかったろうに、結果そうならざる得なかった。

そもそも日本政府が反日本的なのだから。

地位協定改定も要求 観光客数最高に 翁長県政の歩み – 琉球新報 – 沖縄の新聞、地域のニュース
「沖縄の人をなめてはいけない」 翁長知事が問い続けた不条理 語録で振り返る | 沖縄タイムス+プラス ニュース | 沖縄タイムス+プラス

リンクによると、翁長知事は、「辺野古以外の基地問題で県は日米地位協定の抜本改定を求め、17年ぶりに独自の改定案をまとめ国に要請」していたそうだ。

どういう改訂案なのだろう? とても興味深い。

☆~★~☆~★~

どうしてこんなにアメリカを手厚く優遇する地位協定を作って守り続けているのか不思議で不思議でしょうがなかった当方なのだけど、前回紹介の本を読んでいて、「親米右翼のせいじゃないか?」と思った。もちろん、親米右翼は戦前は存在していない。戦争に負けてGHQが日本を占領し、日本の軍国的なるものを根絶やしにしようとした時に始まっている。なにせ、「柔道」ですら、軍国的とジャッジされあわや抹殺されるところだった。

(実際柔道は流派によっては強く皇国的であり軍国的ではあった)

それを、民主的な体育教育の一環と位置づけてGHQに強くアピールすることで、かろうじて生き残った。
(本にそう書いてあった)

そういった戦後の状況に加え、東西の冷戦時代は、左翼は社会/共産主義であったから、右翼がアメリカよりになったのはある程度は理解できる。

が、東西冷戦時代はとっくのとうに、終わっている

今、親米右翼である理由がどこにあるのか?? 反米でなくてもいいから、せめて単に右翼であってほしい。

ともかく、翁長知事の残した「日米地位協定改定案」が早く話題になればいいなぁ。

☆~★~☆~★~

あと、のリンクにもあるように、翁長知事は「沖縄に在日米軍専用施設面積の74%が集中するのは大変理不尽で、許されるものではない」と主張していた。この74%という数字に対して「そんなにない、北海道の方が面積大きい」とか言って、沖縄ばかりが負担を強いられているわけではないかのように、言う人がいるんだけど、ちょっと待てと言いたい。

防衛省の出している資料見ても、在日米軍人等の施設・区域内外における都道府県別居住者数だけでも、圧倒的にあの狭い沖縄にひしめきあっている。北海道には5人しかいない。同じく防衛省の資料見ても沖縄への集中具合がよくわかる。

もうちょっとよくググってほしいものである。

明治元年から150年。今振り返る、明治と大正と昭和と平成。もしくは日本の右と左

「明治は遠くなりにけり」という言葉が昭和40年代に流行ったらしいのだが、さすがにわたしは小学生だったため覚えていない。それから50年。今年2018年は明治元年からちょうど150年が経過した。そのせいなのだろうか? NHKの大河ドラマは「西郷どん」だし、明治時代の偉人を取り上げたバラエティもNHKで最近見た。

そのバラエティでは、明治時代の傑物たちが、日本国建設の理想と希望に燃え未来志向であった旨を伝え、ゲストの皆様も顔を輝かせていたのであるが、その理想が、のちのちに悲惨な敗戦になっていく事をお忘れじゃありませんかっ!? と思うしかなかった。

まずもって一番の疑問は、どっからどう見ても人間である天皇のことを「現人神(あらひとがみ)」と皆で信じ切ってしまったのはどうしてなのか? 明治の偉人達もそう思っていたのか? そうなのかそうでないのか、まったくNHKは教えてくれない。肝心要なことがさっぱりわからない。

話しはややそれるが、今年の6月、RADWIMPSの「HINOMARU」の歌詞が軍歌を彷彿とさせると批判され、作者がすぐさま謝罪する事件が起きた。これは何重もの意味で事件だ。歌詞をいちいちと監視している人間がいるということ。それが一定以上の圧力と支配力を持つということ、一表現であるにも関わらず謝罪しなくてはおさまらない社会状況。

なにこれ、戦前? 治安維持法?

「HINOMARU」を作詞した野田氏は謝罪の時、自分は右でも左でもないと説明していた。右翼的な歌詞と解釈されたことへの否定の形であり、右(左でも)の人間とは思われたくないためだろう。そこを引っ張って今の時代を鑑みるに、日本の有権者のほとんどは無党派層なわけだが、支持政党を持てない理由のひとつが、支持政党を持つと自動的に「右派」「左派」にふるい分けられてしまうことへの嫌悪感と警戒感があるのではないか。景気が良くなる、子供を保育園に入れられる、などの明確なご利益がある場合以外、投票に行こうとしないのも、そこらへんかと。右と左とは、何なのか?

今まで、あまり深く考えたこともなかったし、右か左かと言われたら、自分は左の方であろうと、漠然と思っていた。左は、別名「リベラル」ともいい(?)、リベラルとは自由を意味するのであるが、それなら「自由民主党に付いてる自由ってなんなんだ?」という素朴な疑問もわく。わきすぎて、自民党のサイトで説明を読んでしまった。それによると「最後まで問題になったのは、新党の名称でしたが、広く党内外に公募した結果、自由民主主義を最も端的に象徴する「自由民主党」に決定しました。」とのことで、結局よく分からなかったのだった。

そんなこんなでモヤモヤモヤモヤした矢先に、ひょんな事から『天皇と東大<1>大日本帝国の誕生』立花隆著を知ったので読んでみた。

というか、上のリンクは<1>の感想を集めた「読書メーター」なんだが、実は<2>もあり、完読するのはほぼ不可能に近いくらい長大な本だ。どうしてこんなに詳しいのか分からない。おそらく著者は相当にのめりこんで筆がのりにのってしまったらしい。詳しすぎてだんだん天皇とも東大とも関係ない方向へ向かっていった。特に、明治時代と違って昭和の戦前戦中の歴史はつまらない(断定)。あまり魅力的な人間もいない。いたとしても、この本には出てこない。道理でNHKが明治時代ばかり取り上げて、その後をぼかしているわけだ。

 

そんななので、<2>は途中で放り投げた。

その欠点をのぞけばこの本は、日本の右と左の歴史を知るための素晴らしい本だと思う。ただ、どうしてもこの本だけだと昭和20年代までになってしまうので(この本自体は平成17年が初版)、それ以降の「右」「左」について知るために『右翼と左翼はどうちがう?』雨宮処凛著も参考にした。

せっかくなので、この後、夏休みの自由研究のつもりで、見知ったことをレポートしつつ研究発表していこうと、思っているところだ。

 

 

高度プロフェッショナル制度、参議院で可決されてしまった!!!!

高度プロフェッショナル制度、参議院で可決されてしまった。

なんてこったろう(凹)

今回初めて知った言葉に「立法事実」というのがあるのだけど、法律を作るときの根拠となる事実のこと。

高プロ制度では、「労働者が望んでいるから」と、労働者に聞き取って得た事実が「立法事実」のはずだった。なのに、実は聞き取りはしていなかった。
ということが、野党の追及で判明した。

しかも安倍総理、高プロ制度の設立理由は「経済人や学識経験者(労働者側の人物ゼロ)の発案で決めた」だの、「経団連の会長からは高度プロフェッショナル制度を導入すべき、とのご意見を頂いている」と、ぶっちゃけ放題ぶっちゃけているのである。(国会審議を徹底検証!高度プロフェッショナル制度をめぐって今、何を問われているのか▼上西充子×荻上チキ▼ ←これの31分からが該当箇所。全体的に聞き応え有り)

さすが安倍総理。お祖父ちゃん(岸信介)や佐藤栄作(おじさん)をふくむ政治一家で、経済界財界とのつながりも強固だから、こういうの悪いことだとはちっとも思っていない。思ってないから堂々と非民主的な、社会の基盤を壊すこと言いまくっている。

厚生労働大臣の 加藤勝信 – Wikipedia は、さすがに東京大学経済学部出身であるから、立法事実もなく好き勝手に法律作るのはまずいってことくらいは知っているんだろう。追求されて多少狼狽する場面もあったが(それでも鉄面皮に変わりはない)、安倍総理にはどこ吹く風だ。

まずもって労働者がのぞむはずない法律だ。
今まで一応残業代もらっていて1075万円の年収だったのが、残業代が出なくなるというのだから、給与が減ることはあっても増えることはないのだ。
こんなの望む抜けた人はいないだろう。

でもって、今まで、1075万円クラスの裁量労働者をめざしていたろう人も、この制度で二の足を踏むことになると思う。

ここらだけでも、平均年収の3倍という前提条件はすぐに崩れそうだ。

全体的にいえば、雇用者の立場でいうなら給料を節約したい、というだけの話しだ。でもって自身の財産を殖やしたい。格差もどんどん広げたい。でもって、自身の一族だけが安泰に生き延びたいということだ。
だって、こんなに働いてばかりだったら、結婚もできないし、子どももつくれないし、まともに育てることもできない。

日本の権力者の悪いクセが露骨に出てきたなと思う。
アメリカにヘイコラする日米地位協定は死守するけど、自国民はいじめたり、不条理な要求をする、というの。

本当に非正規の賃金は正規雇用との不当な格差がなくなるのだろうか?

「正規・非正規の不当な賃金格差をなくす」というのが、働き方改革の中に入っている、という。
正規雇用者は簡単に首にできない。
非正規はできる。
ここだけをとっても、すごい差なのだから、これで給料まで差をつけられてはたまらない。

高度プロフェッショナル制度とは? この制度は誰のためのものなのか? 果たして労働者の生きやすさ、働きやすさにつながるものなのか? 逆だったらどうするんだ?

高度プロフェッショナル制度」が5月26日に衆院で採決された。

今は参議院で審議されていて、政府与党は20日までに国会を延長してでも案を成立させたいらしい(ソース)。

うちの息子に「大変だよ、高プロ制度ってのが成立したら、いくら働いても給料一定なんだってよ!!」と教えたところ、

「やめてくれよ~~っ!! あれは年収1000万円以上の人だけっ。おれは関係ないのっ」

と、少々おかんむりになってしまった。まずいことを言ったようだ。

調べるとこの制度の対象者は「1年間当たりの賃金額が、基準年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準として、厚生労働省令で定める額以上であること」(現在だと1075万円以上)と、確かに書いてある。(ソース: 「高度プロフェッショナル制度」とは? |社員研修・教育ならPHP人材開発

ただし、安倍晋三首相氏の内閣が推進している制度だ。油断できない。
たとえば2015年に過労自死した電通職員の高橋さんが、静岡出身、母子家庭で育った女性だった。
コネ入社が少なくない(古い例:安倍昭恵さん)とされる会社で、そういう人には起きないだろう過酷な労働の押しつけとパワハラが、高橋さんには起きた。
他にも野村不動産とか、あちこちで過労死が起きるが、ほとんどが彼女のような何の後ろ盾もない人ではないだろうか?

「高度プロフェッショナル制度」でこき使われるのも、そういう人に違いない。

たとえば今、経団連の会長の 中西宏明 – Wikipedia さんて方が1946年生まれの72歳なんだけど、この生年に25年(25歳で子をなすとして)を追加すると1970年頃になる。拙作 就職氷河期とコレカラ に照らすと、就職氷河期が始まった時期に、中西さんのお子さんが就職している。さらに、今年2018年には中西さんの孫が就職しただろう。

(実際に中西氏に子や孫がいるかどうかは重要じゃありません。世代論的見地からの考察です)

就職氷河期の時期は誰もがなかなか就職できずに苦しんだ時期。それでも新入社員ゼロってわけじゃないだろうから、まずコネクションのある人から就職できたはずだ。大企業の子息とか親戚とか。たくさん株持っている人の子息とか親戚とか。

これで平成5~25年までやってきたのである。

道理で、あれだけ輝いていた日本企業のつくる物が信用しがたい冴えないものになっていったのも、うなづける。

それに、こんなじゃ格差が拡大&固定するの、当然じゃないかと思う。

で、そうやって劣化した分を補うのと、自分らの富を死守するために、高度プロフェッショナルとかおだてて一般労働者を馬車馬のように働かせようなんて非道すぎる。

しかも昨日の新聞で見たんだけど、政府が言い出した「人生百年時代構想会議」の「人づくり革命」の「幼児教育・保育の無償化」政策を実施すると、高所得者ばかりが膨大に得をする、という。(ソース; 【主張】幼保無償化 受け皿の「質と量」充実を – 産経ニュース 東京新聞:幼保無償化で負担軽減額試算 高所得世帯の恩恵 低所得の5倍に :経済(TOKYO Web)

20年以上も格差を広げておいて、またさらに広げようなんて、駄策にもほどがある

高度プロフェッショナル制度関連のリンク

ここらで、人の書いた関連記事を見ていこう。
とうてい全部は見れないので、時間で区切って見たので、不完全とは思うが……

働き方改革法案の議論がぜんぜんかみ合わないわけ(城繁幸) – 個人 – Yahoo!ニュース

→高プロ制度なんて大した話しじゃないよ、第一ほとんどの人に関係ないんだから、とカラッとしたご意見だ。関係ないって言ってたら社会って成り立たないんだけど。

おそらく政府も、年収1000万超えの人に対しては、僻み嫉み(ひがみそねみ)しかないから、一般大衆は何も言わないだろうとなめてかかっているに違いないのである。実に腹立たしい。

ところで、Karoshiは日本ばかりではなく、韓国や中国でも近年増えているらしい。参照記事→ 韓国より働かない日本、過労自殺は10倍?=韓国ネット「韓国…|レコードチャイナ

中国も韓国も、それに日本も、儒教の悪解釈がわるさしてるのじゃないかなあ。

「働き方改革」の本質を理解できない野党はやっぱり落第だ(髙橋 洋一) | 現代ビジネス | 講談社(1/4)

野党は落第というけど、野党は与党と対立するの仕事ですから。

とある病院、かつて事務長と看護部長が仲良くなりすぎた。事務長というのは経営の人。看護部長は看護全般をしきる人。両者がべったりになったら何が起きるか? 金儲けのことしか考えなくなる。金儲けを考えたら、患者サマが細菌感染とか肺炎を起こしてくれた方が、儲かるのだ。故意にやらなくても、少し手を抜いたり、関心をもたないだけでいい。高齢でクレームも言えないような人が対象になるから、気の毒。だから、事務長と、看護部長は、対立しているのが正しい。対立は悪じゃない。必要なこと。人はすぐに腐るから。

最後のページの「副業解禁」はちょっと面白かったかな。
筆者氏の言いたいことは、「アベノミクスのおかげで雇用の確保、給与アップが達成できているのだ。そこを評価しない野党はダメ」ってことのようだ。でもさ、安倍晋三さんは古くからの政治家一族だから、経団連の人や財界の人に言えば雇用の確保、給与アップくらい、やってくれるんじゃないかな?

実際、経団連の前身のなんとかつう団体、安倍氏のお祖父さんの岸さんてのが法案通した(つまり産みの親)(岸信介のウィキペディア参照のこと)。 あと、試しに『絶頂の一族』っていう、安倍一家の本読んだら相当だった。特に一族のドン安倍洋子さん(存命中)が。

八代尚宏 今さら聞けない「働き方改革」の真の目的 | 八代尚宏先生の「働き方改革」ゼミ | 日経DUAL

「女性の就業率の増加、共働き世帯の標準化、高齢者の高齢化」というこれからの変化に対応した働き方がのぞましいとのこと。高プロ制度には肯定的なご意見の持ち主だ。

高プロのニーズ聞き取りについて、加藤厚生労働大臣が1月31日に虚偽答弁を行っていたことが判明(上西充子) – 個人 – Yahoo!ニュース

ダメだね、この加藤って大臣。高プロ候補の労働者に意見をまじめに聞いてない。労働者のための制度じゃないのは明白だ。

【文字起こし】2時間6分マラソン演説 立憲・西村議員「厚生労働大臣不信任決議案」趣旨弁明

加藤厚生労働大臣不信任に大大賛成ーー!!
記事の真ん中らにあるんだけど、今裁量性労働をしている人へのアンケート結果ってのが存在している。

調査シリーズ No.125 裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果労働者調査結果|労働政策研究・研修機構(JILPT)
結果データのpdfファイル

まだあまり見てないけど、どうも時間の裁量がきくから、普通の人が8時間のところを6時間くらいで切り上げる、というタイプの裁量労働ではないようだ。
裁量労働の人は、やはり、長時間労働をしている。

20年前の死語は、現在でも死語とは限らない、のかも知れないな。

"現代<strong

二週間ほど前古本屋の前を通りかかった。
店外のワゴンには二束三文になった古本がたくさん並んでいた。
こういう時、わたしは必ず一通り眺める。
まずパッと目に留まったのがこの二冊だった。「そういえば、最近『死語』という言葉自体を聞かなくなったな。気のせいかな?」と思った。
「死語」ってまさか死語? そうかもしれない。死語とは、多くの人にとって周知の言葉であり、かつ使用していた用語で、それが今は使われなくなった、という意味のはず。

しかし今の言葉は、たとえば「ビットコイン」ひとつをとっても、わたしは使う機会がない。なにせ、ビットコインなど持っていないし、その意味もろくに分かっていないのだから。なので、誰かにとってビットコインという言葉が死語になる時が来たとしても、わたしにとっては来ないと思う。

なんとも寂しい話である。そう考えると死語を生み出せた時代へのノスタルジーが沸々と湧いてこようというものじゃないか? ってことで買った。2冊で100円だ。懐古趣味にひたってイヤされようと思っただけだったのだけど、想定外(死語w)に面白い本だった。

現代<死語>ノート、現代<死語>ノートⅡ

前者は、1956年(昭和31年)~1976年(昭和51年)に発生した言葉で、現在は死語になっている語
後者は、1977年(昭和52年)~1999年(平成11年)の、同。

書かれたのは前者が1996年、後者が1999年。

全体的にいうと、一冊目の方が面白い。Ⅱの方は、バブル崩壊や就職氷河期と暗い世相へ突入していくから、おっつけ言葉もギスギスしてくる。

一冊目の楽しさは、たとえば一九七〇年の場合はこうだ。

<ハヤシもあるでよ><ウーマン・リブ><やったぜベイビー><Oh、モーレツ!><ニャロメ>

…… 素朴だ。あきれるほど素朴だ。この時代の人って本気でアホだったんちゃうか? ってくらい素朴だ。
その20年後、一九九〇年の流行語はどうだろうか? 

<バラドル><ボーダーレス><グローバル化><臨海副都心><3K><成田離婚><結婚しないもしれない症候群>

… 馬鹿馬鹿しさ度がぜんぜん少ない。流行語だったはずなのに、にじみ出る必死さがある。ちなみに、「新語・流行語大賞」は一九八四年から始まっているんだが、自由国民社の選んだ一九九〇年の新語・流行語は、愛される理由、パスポートサイズ、一番搾り、ちびまる子ちゃんなど、小林氏の選んだものよりは明るいというかコマーシャルだ。

小林氏は単にかつての流行語を挙げるのみならず、その言葉への洞察を加えているのであるが、それが時代批評もかねた説得力と普遍性のあるものなので、読ませる。それと、生活にとってもっとも切迫した事情である経済問題と言語を連結させるのを忘れていない。

そんなで、死語にはかつての楽しかった思い出のつまっているものもあれば、「なんだかなー」とテンションの下がりまくるのもあったり、「これあたし今でも使ってるワ」ってのもある。どれも紹介したい言葉ばかりだ。が、「就職氷河期」の年表を作っている当方であるから、そこらに関連した死語をいくつか引用しよう。

(文中の太字と下線は当方による)

一九六一年

<高度成長>はこの時点では流行語ではなかった。
<所得倍増>や、それをからかった<物価倍増>は流行語になったとしても、<高度成長>は流行語にはならなかった。
国民所得倍増計画は、実際はGNP(実質国民総生産)の倍増計画であり、十年後の一九七〇年度を目標に実現しようというものだったから、一九六一年には<高度成長>なんてコトバは一般的には使われなかったとおぼしい。
ぼくは<所得倍増>を信用していなかった。いったい、政府はどこまで嘘をつけばすむのか、というのが偽らざるキモチだった。
中学一年のとき、日本は戦争に負けた。国も、教師も、新聞も、それまでの虚偽をただの一度もわれわれに謝らなかった
それからの五年間、日本国は貧しくても、<平和国家><文化国家>になるのが理想だと教えられた。<暮らしは低く、想いは高く>という言葉を偽善とは思わなかった。皆が貧しかったのだから。
一九五〇年、朝鮮で戦争が始まったころから、世の中はまた、変わってくる。レッド・パージの嵐が吹き、五年間、息を殺していた戦時中の文化人たちが復活してくる。マッカーサーが原爆を使い、報復として日本にも原爆が落とされるかも知れないという噂がささやかれる。
これだけで、ぼくは三つの時代を経たことになる。そして、今度は四つ目の時代<所得倍増>ときた。
ぼくの<所得倍増>への疑いが間違っていたことは、数年後に判明するが、おおざっぱなまとめ方をすれば、かつて<米英撃滅>という目的をあたえられて走り出した日本人は、今度は<所得倍増>めがけて走り出したのである。それこそ、戦時中と同じ<月月火水木金金>(休みなしの意味)の勢いで──。

一瞬、なんのことだか分からなかった「マッカーサーが原爆を使い、報復として日本にも原爆が落とされるかも知れないという噂」。広島、長崎に原爆を落とした後も、なおマッカーサーは原爆を使おうとしていた。それが噂になっていた、という事らしい。

しかし、どうして日本人は、どこかに向けて走らないでは気が済まないのだろう? 

一九六二年

<中間層>
言葉が発生したのは前の年の「週刊朝日」であるが、一般化したのはこの年。
<昔の中産階級ではない。収入でいえば、月収二万五千円から六万五千円程度、とにかく、“不思議な消費力”をもつ膨大な群衆である。>(週刊朝日一九六一年七月七日号)
もともとは<資本家と労働者の間に位置する層>の意味らしいが、<新しい消費者の層>の意味になり、家電、自動車メーカー、洋酒メーカーの絶好のターゲットになった。
ひとことでいえば、日本の高度成長期の推進力はこの<消費者の欲望>であり、家を別にして、あらゆるモノを欲しがった。家はちょっと、入手しがたいのだった。

今の時代、「中間層の没落」ということがよく言われている。その中間層が、ここで流行した中間層だ。

一九六三年

経済成長は波に乗り始めたが、物価の上昇が大きかった。日本人の大半は<所得倍増>の夢の中で生きていた。それまで日本になかった、そしてその後もあり得ない<バカンス>という言葉が流行したのは、悲しい現実である。

<バカンス>
流行語であった。間違いなく。
しかし、フランス語の<バカンス>とちがい、せいぜい二三日の休みである。<レジャー>を一日とすれば、<バカンス>は二三日の休み、休暇だった。
だから、日常会話の中で<バカンス>という言葉が使われることは、まず、なかった。皮肉っぽく使われることはあったかも知れないが。(中略)
日本人は狂ったように働いていたから、むろん、実体のない言葉である。(後略)

なんといってもこの「バカンス」という死語が一番受けてしまった。とてもとても哀しすぎて、笑うしかないのだ。
1963年に「間違いなく流行語」だった「バカンス」は、1963年にも、1996年になっても実現せず、その20年後の2018年になっても実現していない。

不思議なことに、だからといって<バカンス>が死語とも思えないのだ。まだ日本人は、バカンスを諦めきってはいないのかも知れない。

わたしとほぼ同世代の「バカンス」ちゃん。わたしが死期を迎える30年くらいの間に、一度はお目にかかりたいよ。

一九八四年

<財テク>
死語ではないかも知れない半死半生語。この言葉が出た年である。<財務テクノロジー>の略で、<ハイテク>のもじり。
企業が余った資金を株式・債権・土地などに投資して、利益をあげることで、個人も財テクに手を出し始めた。
なるほど、バブル経済はこうして始まったのか。念のために記しておくと、総理大臣は中曽根康弘、大蔵大臣は竹下登だった。

一九八六年

<土地転がし>
不動産業者が土地を次々に買い、高値で転売すること。やがて、素人までが借金をして土地を買った。<土地=値が上がるもの>という神話の下で、投機的な土地転がしが流行した。土地を一人で守っていた老人が殺された事件が時代を象徴している。政府の無策といわれたが、多くの政治家が土地転がしの連中、資金提供の銀行とぐるだったのは、その時点ではわからなかった。

<マネー・ゲーム>
東京がこわされるたびに永井荷風の全集が読まれると、ぼくは経験から信じているのだが、<レトロ>志向なるものも、あまりにも極端な土地転がし、マネー・ゲームの風潮から一時的に逃避するためだったのかも知れない。
マネーに関する雑誌が出、新聞・週刊誌は素人に貯蓄と投資をすすめた。マネー・ゲームをやらない者は時代に遅れる、と経済評論家はラジオで説いた。財テクという名のマネー・ゲームを一般の主婦たちが試み始めた。

一九八七年

<フリーター>
フリー・アルバイターの略。
学校を卒業しても定職につかず、ブラブラしている。自分の興味につながる仕事を、やりたい時にやり、生活を楽しむ。就職するよりも収入が多いケースもあった。まことに結構な身分だが、これすべて贋の好況のおかげであり、バブルが弾けると、よほどの特技の持ち主以外は仕事がなくなった。

一九八八年

死語ではないが、この年、バブルと<自粛>ムードにかくれて、進められたのが消費税であって、十一月十日に強行採決される(実施は翌年四月一日から)。
海外での消費税云々をいうが、スーパーマーケットで米や醤油を買い、レジで一律三パーセント課税されるなどというのは日本だけだ。生活必需品以外の毛皮、ビデオなどにかける欧米の消費税とのちがいはそれであり、しかも、日本は生活必需品がとび抜けて高い(当時は世界一)。

<下血><Xデイ><自粛>が、昭和天皇崩御前夜に乱舞した言葉たち。
特に<自粛>はどんどんフィーバーして、中日ドラゴンズの優勝パレード、大銀座祭り、長崎くんちなどが中止or縮小。そんなのは序の口で、日産セフィーロのCMで陽水が車の中から「お元気ですか?」と呼びかけるのも不謹慎ということになり、途中から口パクになった。などなど。

きっと今の天皇皇后も、この頃を再現してはならないと生前退位と考えたのだろう。
(実際、このとき皇太子(現天皇)は「自粛しすぎでは」と発言した。けど、自粛はどんどんエスカレートしていった。この時期うち的には初めての妊娠出産育児で自粛どころではなかったのだけど、テレビや新聞を見れば自粛自粛とやっていたのは確かだ。

しかしもっとも自粛の実害といえるのが「消費税」だったのだ。

小林氏が指摘する通り、「スーパーマーケットで米や醤油を買い、レジで一律三パーセント課税」は、実際日本だけ。例えばフランスだと標準税率 20%に対して旅客輸送、肥料、宿泊施設の利用、外食サービス等が10%、書籍、食料品等が5.5%、新聞、雑誌、医薬品等が2.1%。※

日本の消費税は、当初から欠陥税制度だった。

付記:日本も、10%(来年10月予定?)からは二品目に軽減税率適用する模様だ。ひとつは、食品。二つ目は新聞。新聞もみずからを軽減税率にする前に教育費とか医薬品に適用するよう、得意の世論誘導してみたらどうだろう?

※参考: 消費税10%は高い?低い?日本と海外の消費税を比較 | お金のカタチ 消費税の仕組みを解説・増税で軽減税率が適用される品目は? | お金のカタチ

一九九〇年

バブル崩壊が始まっている。しかし、一般人はそれに気づいていない。家を何軒も建てて、ほくそ笑んでいる。
このずれはバブルが始まった時と同じである。人々はすぐにローンに苦しむことになる。<バブル経済>という言葉を前から使ってきているが、実は、この年の一月から三月にかけての金融相場の大幅な下げについて初めて使われたものである。ジョン・K・ガルブレイブスの「バブルの物語」がダイヤモンド社から翻訳・出版されたのが一九九一年の五月だから、そう考えていいだろう。本の中で、ガルブレイスは、<日本の株式市場は政府と大証券会社によって操作されている>と警告を発している。

一九九四年

<就職氷河期>
年表などに必ず入っている語なので、とりあげねばなるまい。今や、これがふつうの状態になったので、半死半生語から死語に近づいている。
バブル以後の就職環境悪化は景気の良し悪しではなく、産業構造の問題であり、一過性の悪化ではない。高度成長期のころの表現ではいいあらせないといので、<就職氷河期>という流行語ができた。この年の大学卒業者の就職難はかなりのもので、社会問題なのだが、マスコミは表面の現象しかあつかわなかった。
ただ、若い失業者はフリーターになるので、失業率としてはっきり数字にならない憾みがある。

この本が書かれた1999年には<就職氷河期>が常態化してしまったため、半分死語認定している様子がうかがえる。

にしてもなぜ「マスコミは表面の現象しかあつかわなかった」のだろうか? 起きていることが分かってなかった、ということだろうか? 拙作「就職氷河期とコレカラ」をあらためて見ると、「安保闘争」を行ったはいいが敗北した世代が、この頃に子どもを産み、その子が氷河期に直面した。氷河期は、同世代のおおよそ誰にも等しく訪れたのだから、少しは一致団結してもよさそうなものだが、その気配はまったくない。

政府、マスコミ、役人らの、安保闘争の負の記憶が、そうはさせまいという力学になったのじゃないかと思うのは、見当違いなんだろうか。

まあ、よく分からないが、六十年代安保闘争と七十年代安保闘争は、自業自得で潰れた面も多いようだが、動機や方向として間違っていたとも思えない(知識不足かも)……

楽しい死語の背後には、楽しくない出来事がたくさんあるのだなと、ひしひし思った…


安保闘争 – Wikipedia より。


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沖縄の米軍基地の地図

4日が投票日だった名護市長選

◇名護市長選確定得票
当 20,389 渡具知武豊 無新
16,931 稲嶺  進 無現

という結果になった。なんでも、当選した渡具知氏は、雇用や結婚、子育てといった生活者の暮らし改善を約束して、おもに若い層に支持されて当選した。
そして、現職だった稲嶺氏は、普天間基地の名護市辺野古への移転を反対するばかりだったため、愛想を尽かされて落選した。

…………というわけでは実はなくて、稲嶺氏とて反対運動一辺倒ではなかったのに、そうであるかのようなデマがばらまかれた、という指摘もあった。また、移設問題から逃げた渡具知氏は卑劣である、という指弾もあった。今日の新聞の特報欄を見たら、「パンダ誘致が悪かった、あれを争点かされたのがまずかった」と書いてあった。

 

どれが正しいのやら… ところで、2011年の3月に自分のブログにアップした画像なんだけど、今見ると、まるで米軍基地が小さな点としか描けてなくて、焦る。

沖縄に集中する米軍負担
沖縄に集中する米軍負担

あの頃は、新聞社サイトにしか、沖縄の米軍基地の地図はなかった。仕方なく下手だけど自作したというわけなのだ。

今は、時代が一変した。沖縄の基地の地図がたくさんある。

下は、US Military bases in Okinawaの画像検索で出てきたもの。

US Military Presence in Okinawa | UWGB Commons for the Digital and Public Humanities
という、なんとなく良心的っぽいサイトから拝借。

↓こちらは沖縄県ホームページ 知事公室 基地対策課/沖縄県 米軍提供施設・区域の概要/沖縄県 単に基地だけではなく、訓練用提供エリアも図解してある。サイトへ飛ぶと、沖縄県周辺の海は広範にアメリカに提供されているのが分かる。

点どころではない。沖縄がアメリカ物件すぎる。

数字でいうと、沖縄の約10%というから、227.1 km²くらいをアメリカが占拠している。

ここで怒りを燃やすと、「沖縄だけが米軍の犠牲になっているわけではない」と、厚木基地などを例にあげる人がいる。確かに→ 県内米軍基地の現状 – 神奈川県ホームページ 見ると、神奈川県の場合は17.399km²が米軍用地。一理あることはある。けど、それで沖縄ばっかりなぜ? と怒るのは筋違いじゃないのか?

しかも「沖縄の北はジャングルで使い道のない土地だから別にいい。神奈川と違って」みたいなことまで。

そういうモンダイじゃない。
先日「期間サーチ」したら、「地位協定」における日本の主権放棄については、何年も前から言ってる人は言ってる。なのに、ちっともその考えが浸透しないのは、よほど避けたい論点なのだろうか??

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