長谷川さん、よく聞きな

投稿者: annaka 投稿日:

謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!? | Six Yearsの続き。

長谷川さんの立派なネクタイと顔が入れ替わったイラスト

長谷川さん、服とネクタイだけは立派なので顔と入れ替えた

「長谷川豊さんになぜ強く反論しなかったのか」対談した腎臓病の女性患者が疑問の声に答える(ハフィントンポスト)

確かに、聞き役に徹している印象もある対談だったけど、それには理由があった。
長谷川さんは、自分への抗議の声をあげている野上さんの話を聞く姿勢をもっておらず、自分の主張をするばかりで、野上さんの話もさえぎってまで言いたいことを言っていたからだった。

「節制ができなかった」患者を「脱法ドラッグを吸った、ラリった状態で車を運転して事故を起こした」という風に喩えました。この言葉は、彼の倫理感覚に不安をおぼえる喩えでした

脱法ドラッグって、危険ドラッグに名前が変わって、それでラリって運転して事故ったら犯罪でしょう? 犯罪というのは、この社会で「やってはないけない」と法律でちゃんと区分けされていること。

法律がダメといっていることをやったら犯罪者になるんで、ダメといってないことをやるのは基本自由。

それですら法廷で弁護士もついて、手続きを踏んで裁かれるというのに、長谷川さんの場合、トンチンカンな尺度で人を裁いて正義漢ぶってるのだから、いい加減にしてほしい。

しかしなんといっても、

長谷川さんは対談中、医療が崩壊すると「みんな死ぬんです」と何度か言いました。病人は、自分の死をある程度覚悟しています。中にはもう既に死にかけたことがあるような人もいるでしょう。「いずれみんな死ぬ」のはわかっています。生きるのはつらい、でも死ぬのもつらい。だからこそ、そのような、気を引くために生死を気易く持ち出す感覚こそが神経を逆撫でするのです。そのことをもっと考えてほしいです。

「気を引くために生死を気易く持ち出す感覚」を根本的に改めないといけないね、長谷川は。できるのかな。

「先天的に既に病を抱えている人は含まない、ちゃんと治療に取り組んでいる人は含まない」というのは、単なる恣意的切り分けだと思います。

この言い方もほんと、イヤらしい。(当然、「」の中の言葉がイヤらしいという意味)
このイヤらしい人の裁き方。なにを偉そうにまあ。

■「モンスター患者」を知らなかったのはある意味気の毒

このパターン、他でもみかける。

<生保受給者は、清貧にあえぐ心美しい人でないといけない>

<病気で福祉受けてる人は、肉体が病気になったがため精神性は高められ、高潔な人格となり、言葉や態度も礼儀正しく、世間様にいつも手を合わせて感謝していないといけない>

的な。

んなわけないでしょう。

あったとしても、強盗や殺人者~すごくいい人までバリエーションがある社会と、同じ割合でいるだけだ。たぶん。

透析患者に「泣くなら殺せ」とまで言っていた人が、いきなり「移植は推進したい」と言ったら、もう本当に何も知らないで言いたいこと言ってるんだな、ってなりますよ。

長谷川サンほんと虫がいいから「腎臓移植を推進したい」とか言い出せば逆転勝訴になるかなーと思ったんだろうけど、そうは問屋が卸さないよと。

(長谷川サンはともかくとしても、腎臓移植についての一端を、ここで知ることができた。

ここまで真剣に考えてくれる人、これからはもう現れないよって、長谷川サンに言いたい。

カテゴリー: 日本社会と地域社会

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