枯れきった世の中は、イヤですね、の図

さっきクロ現で相模原殺傷事件を取り上げていたんだけど、ゲストの森さんって方が最後に「誰にでも(障害者に対する)偏見はある、差別意識もある」的なことを、誰も言わないが俺は言うぞ、みたいな顔で言っていた。

一見もっともらしいご意見だけど、どうなんだろう? 誰でも障害者に対して差別意識ある、偏見あるなんて、障害者がそういうセリフ聞いたらゾッとして、ますます人間のことも世間のことも怖くなるじゃない。どうしてくれるんだよ。

仮に障害者が自らの経験上そのつもりで暮らしているとしても、わざわざ人間同士の分断を深めるようなセリフに何の意味があるんだろう?

思わず一緒に見ていた末次郎に、「ひどい事いうね、この人。そりゃあわたしにもむかつく人種はいるし、許せなくなることはあるから、自分がいい人だとか寛容な人間だとは思わないけど、それは障害に結びついているわけじゃない。障害者だからどうこうって意味合いじゃないよ。

まあそりゃあ若い時分はそういう心情もあるかもしれない。なにせ学校自体が、優秀な人間になるため、生産性の高い人間になるため、役にたつ人間になるため、和を乱さない人間になるためっていう動機付けで授業をしていたりするから、そうではない人に対する偏見は生まれがち。でも学校で教わったそのままから一歩も考えが変化してなかったら、あまりに成長がなさすぎだよね。

しかもこの人、すべての人間の内面を決めつけてしまっている。自分がそうだからって人もそうだと思わないでほしい。そう思わない?」

かなり語気荒くなってしまったその意見を黙って聞いていた末次郎は、しばらくうーーんと唸ったけど、母親が怒っているとなだめる習性があるためか、こう言った。

「それはたぶん、今までの文脈で言って、つまり、植松って人間を特殊な人間と考えて、自分と無関係と考えちゃイケナイと言いたいんじゃないかな?」

……。
そういう意味合いで言ったのかな? まあ、もしもそうなら、ある程度は納得できる。ことによれば、末次郎自身が植松との共通項を見いださないわけではないのかもしれない。なんといっても、まだまだ若く、未来を前にして、迷うことも多い年代だ。

植松は事件1年後の取材に応じて手紙を寄越したらしい。 【独自】45人殺傷、植松被告からの手紙|日テレNEWS24

「私は意思疎通がとれない人間を…」とゾッとすることを変わらず言っているようだ。意思疎通取れない人間なんて珍しくもない。それに意思疎通できないのは、自分の方の問題かもしれないのだ。「最低限度の自立ができない人間を支援することは自然の法則に反する行為です」ってバカじゃない。人間はとっくに自然の法則に反しながら生きています。そうでなかったら避妊もしないし少子化もないでしょう。

しかし、この番組でほんとうに良かった点は、元やまゆり園に子を在籍させていたというお母さんの言っていたこと。(詳しくはアーカイブを) こういう親子を支援できる世の中でないなら、優秀な人間が何万人いても無駄なんだ。


日記・雑談 ブログランキングへブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

コメントを残す