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クリント・イーストウッド作品の想い出。『ハドソン川の奇跡』上映記念に

映画.comによる『ハドソン側の奇跡』の特集ページのキャプチャ
映画.comによる『ハドソン川の奇跡』の特集ページ

いつの間にか秋の風が吹いている。10月に入ったのだ。
先日、ネット徘徊していてクリントイーストウッドの名前を見かけた。
なんでも今上映中の『ハドソン川の奇跡』という映画が、イーストウッドの監督作らしいのだ。
なんてことだろ?! とちょっと驚いた。理由は2つある。

先に2つ目の方を言ってしまうと、イーストウッドの年齢が調べると86才だったからだ。おんとし83才の父どころではないではないか。いやーまさか86才でもまだ現役で監督とはびっくり!!

次に1つ目。
ちょうどその時わたしは、一番古い過去ログを見直していた。なぜそんなことをしたのかというと、自分が何なのか解らなくなったからだ。ことに最近は、世の中が(というのか、ネットの言説空間というのか)がますますゴチャゴチャしてきて、この前なんか長谷川某という、前からアホだアホだとは思っていたやつが殺人教唆をしていた。それをまた掲載してしまうBLOGOSなるメディアもメディアだ。

そんなカオスランドで何が指針になるのかといったら、けっきょくのところ、自分の書いたり作ったものだと思い至った。
それは自分が秩序立てたものだから、一番ノイズが少なく自分にとって非カオスなのだ。
間違っている点やゆがみや無知も多いので、たまに振り返って自分を取り戻すだけにとどめるとしても。

そんなでともかく過去ログを読んでいた。
特に、2007年に書いた『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』について書いたものに引き込まれた。
自分で書いて自分で引き込まれているとは世話がないが、9年ぶりに読み返したのだから仕方が無い。
9年間、まったく読み直そうとは思わなかった。
できるだけ近寄りたくない、というのが本心だったんだと思う。
なぜか? その理由を少しずつ思い出した。
これを書いているとき、苦痛で仕方がなかったからだ。
元々楽しい話題ではないので苦痛、というのもあるのだが、それだけなら無理に感想を書かないという選択がある。
けど違う。感想自体はものすごく書きたい。けれど、どうしても浮かび上がってしまう、ある「憶測」には触れたくなかったのだ。
その思いでもがいていた。
ただどうしてもどうしても触れないわけにはいなくて、ごくごく軽い、薄い調子で書いた。
その一文は、かなり下の方。

思いたくないがやっぱそうなのかなぁと嫌な感覚に終始包まれていたのは、原爆を搭載した「エノラゲイ」が、広島へ向かう途中硫黄島の上空を数回旋回した、というエピソードが語られるあたりで、この部分は、本のかなり最初の方、嫌な感覚が重低音のように終始響く仕組みになるあたりに、差し込まれていた。著者は因果関係について何も語らないし、実際関係などなく、つまり硫黄島の仕返しとかそういう意味は原爆にはないだろう。だろうが、原爆を投下する罪悪感が硫黄島によってかなり軽減されたであろうと想像する。栗林は、それより先に死んでいるので、知らずに死んでよかった。

羽毛布団からはみ出たアヒルの羽みたいに軽くて蛇足な感じにした。
ここだけは誰にも気づかれたくなかった。
原爆投下は硫黄島への報復だったんじゃないか、などとは。
それだけ、栗林中将とその部下で懸命に自分の命を犠牲にして硫黄島を守ろうとした兵士たちに思いが近づいていた。

今、9年が経過して栗林中将と兵士たちへ寄せる念が遠ざかったのだろう。
イーストウッドが監督した『硫黄島からの手紙』の記憶も薄れた。
そのぶん、こうして冷静に読み返せたので、それだけは少し良かった。

そしてこんな思いが生まれた。「それが戦争なんだよ。どんなに良き兵士が、良き理由と良き頑張りで戦おうとも。いつか報復される。産み落とされるのは、何倍にもふくれた報復だ」

『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』のDVDジャケット写真
『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』HOMEからも、PickUpページとしてリンクを貼りました

‥‥ということで、イーストウッド映画について考えていた時に新作上映を知ったので、それで驚いた、のが2つ目でした。

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記事の分類:戦争系

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