自分ちケース。介護編

この前自分のGoogle+に「親の介護はわたしはしない」と投稿したけど、よくよく考えたら、今うちの母親が夫(つまりわたしの父)の介護を、しているような気がする。

そう思い出したのは、東京新聞の介護欄に、配偶者の介護に疲れ果て殺傷する事件があとをたたないことを知って、自分の母親も憎悪を燃やしながら父の介護をしているのではないかと心配になる人の話が、載っていたからだ。

その人は「母に任せきりにするのをやめて、もっと会いに行こう、話に行こう」と決意し、その話は終わっていた。

それで、母のことを思い出したと同時に、「うちの父の介護度ってどれくらいなんだろう」と今更ながら考えた。

そもそも「介護認定」を受けたことがあるのか。

以前父が歩行困難になり、福祉サービスが必要になった時に訪問看護の人が来てくれたそうだ。しかし父は「一時間800円」といった料金体系や、「年寄り扱い」されたことに怒り、「帰れ帰れ」とばかり追い返したらしい。

それを聞いたときは呆れた。金取るの当たり前でしょう。訪看の人は友達になりに来ているわけじゃなくて、自分たちのマニュアルにのっとって必要なことを行いに来ている。そりゃコナれた人なら、おとーさんの気質を見抜いて合わせた会話をしたかもしれない。けど、そんな人ばかりじゃない。

ただ「自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと」にあるように、

システムに乗らないものを許さない風潮というか、制度どおりにおこなわれているかどうかを監視するのに、現場が忙殺されているような状態です。それに、あらかじめ決められていること以外は許されないので、介助者との人間関係が深まらなくなった感じがします。心の通じない相手がしてくれる介助は痛いから、怖いんですよね。

ということも、言えるのかも、しれない。「心の通じない相手がしてくれる介助は痛いから、怖い」←←キモに銘じたいものです。ついつい心のない介助って慣れでやってしまうものですから。

 何でもカテゴリー化して制度を作っていくだけでは、制度に乗りきらない人たちが永遠に生み出され続けていくことになります。首尾よく乗れた人も窮屈に感じるんじゃないでしょうか。メニューがそろって自己選択できるのだけど、いったん選択するとそれに従わざるを得なくなるような圧迫感があります。障害者の自立生活運動では「施設から地域へ」がスローガンだったのに、窮屈な施設から飛び出した先の地域が“ 施設化”していた、という感じです。

深い。

一言で言うなら「揺らぎが無くなった」「揺らげなくなった」ということでしょうか。そしてそれは、世の中全体に着実に浸透しているような気がします。ガチガチに固定されているシステムは、揺らぐことができる「余白」、その場の状況に応じた選択・決定を可能にする余地や余裕がないために、リスクが高く、効率も悪いものです。「揺らぎ」がなくてはイノベーションも起きません。こういった「揺らぎ」や「遊び」という要素をどう維持していくかというのが、今後世の中のことを考えていく上での重要な課題になっていくだろうと思います。

揺らぎが嫌いな人っているんだよねー
「もっと食事レベル上げてあげたい」という提案すると「誤嚥するからだめ」と一言で却下するとか。
そりゃ誤嚥されると救急救命することになり、本人も命に関わるし、スタッフも大変だ。
それに、その間、通常の仕事ができなくなり、かんじゃさんは放って置かれることになる。
ただだからって、本人がうんざりしているドロドロの形状のない食事をいつまでも続けるってかわいそうじゃん。

というね、かわいそうとかいうのが、邪道扱いされる。

揺らぎのない人に限って実に偉そうな顔してるから腹立たしい。

・・・・・ナンの話だっけか。

そうそう、父の介護度を今度、母に聞いてみよう。