Six Years

世界一の美女になるダイエット、やってみた☆★

sekaiiti福島の酪農家に降りかかった、災難と言うには余りに過酷な出来事を、前回取り上げた。

その過程で頭に浮かんだのは、「いったい電気と家畜、どっちの方が人類にとって必要不可欠な存在なのか」という疑問だった。

ことに今現在、・脱原発的空気が漂う中、家畜に関わる人だけが取り残されたように引き続き原発への抵抗を強く表明している。

それは、もっとも直接の被害者である動物たちのためにもしなくてはならない事だからだと思う。しかし当方も含めた多くの人々、人間たちは、思ったほどには(即座に直接生死に関わるほどには)原発の被害を受けなかったこともあり、脱原発感覚は後退した。

「いったい電気と家畜、どっちの方が人類にとって必要不可欠な存在なのか」

そんな問い自体、ナンセンスなのかもしれない。が 文明にとって電気ばかりが命の次に大事な位置づけになっているのは変だと思い、NETをうろちょろしてなぜか出会った本がこれ。

わたしはまるっきり記憶になかったけど、発行年2009年のベストセラーでもある。参照

作者のエリカ・アンギャルさんは、8年間ミス・ユニバース・ジャパン公式栄養コンサルタントとして活躍

ダイエットときくと、日本の女性はただやせることをイメージしがちですが、本当は違います。ダイエットとは、賢く食べること。何を食べて、何を食べないか。それによってあなたは美しくもなれば、美を害することにもなるのです。世界の美女たちはもう知っています。美しくなるには、しっかり食べなくてはならないことを。そして、始めています。美しくなる食事のとりかたを。

(中略)
化粧品では手に入らない永遠の美を携えて、日本の女性にいきいきと輝いてほしい。そう思ってこの本を書きました。読み終ったあと、何かひとつでも始めてみてくださいね。1カ月後、あなたは自分の美しさに気がつくはずです。

#まえがきより引用

当方、論理的っぽい話しの影響を受けやすいため、読んですぐさま、何を食べ、何を食べないかを実践した。期間は約3週間。全部の実践は無理だったので、菓子のかわりにアーモンドやドライフルーツ。白いパンの代わりにブランフレーク。揚げ物料理の代わりに揚げない料理。さらには、積極的にオリーブオイルをとり、積極的にアボカドを食べ、積極的に魚を食べた。

おかげで一気に食材費が跳ね上がったのには、それだけで冷や汗が出て痩せそうに。笑

たった100円のポテトチップがどんだけ手軽に空腹を癒していたか、思い知った。

この本でもっとも白眼視されている食品が「ソフトクリーム」なんだけど、これも実に手軽な値段で至福のおやつタイムを提供してくれる一品だ。

昔なら、大富豪だって、そうそうソフトクリームほど美味なものは食べられなかったと思う。(わたしはスーパーで買えるやつだとチョコレートアイスクリームバーPARM(パルム)大好物すぎる) いわば現代文明の最大の(とまで言うと大げさ)恩恵。

それを悪者だというのだから、残酷だ。が、食べないで我慢した。不可能に思えたが我慢した。

そのための方法もこの本に書いてあった。

ここさえ押さえれば、読んだも同然の情報POINT☆

食べてから急激に血糖値が上がる食材を「GI値が高い」という。血糖値が急激に上がると、下げようとして大量にインスリンが分泌され血管を痛める。これが老化の原因。また、急激に上がった血糖は、急激に下がり我慢できない空腹感となるなので、GI値の低い食材を選んでいけば激しい空腹感に襲われずにすむのだ。

GI値の一覧はネットでたくさん見れるため、参考にしつつ、食べるものと食べないものを決めて行く。

これ、「低インスリンダイエット」と呼ばれてすでに市民権を得ている模様。

そんなでベースの体重(朝の体重)は4キロは減った。まだ白いもの=白米は食べているので、玄米に変えたらもっと減るかかも。

だからといって「はい、美女になりました」と宣言できるわけではない。が、少なからず成果もあった。今までよく「疲れてる?」と聞かれることがあったのに、めっきり聞かれなくなった。あと、無駄に砂糖を取らないだけで気持ちが安定することに驚いている。高所恐怖症がひどかったのであるが、屋根裏にもヒョイヒョイ上がれ小学生の時以来の身軽さだし、人前でも堂々としていられるし(自分比) 。著者曰く「砂糖は麻薬より怖い」が、大げさではないと思った。

もっとも続くのかどうかが大きなキーなので、後日談は必要だ。しかも著者は「グルテンフリーダイエット」なる本もその後出していて、小麦、ライ麦、大麦全部にダメ出しをしている。いくらなんでも、厳しすぎないか? そこまでいくとカルトじみてくるので、どうなのかなあと不安だ。

そんなで、1年後くらにはまたこの話題を取り上げたい。

やめちゃった場合は、さりげにスルーかも^o^

彼は仔猫である。名前はきっとない

「縁側の下に猫がいたよ、コネコが二匹」

一週間くらい前に娘が言うから それでどうしたの? と聞くと

「お兄ちゃんが野良猫に餌はやらない方がいいとネットに書いてあるからやらない方がいい、っていうからあげなかった」

とややこしく教えてくれた。野良猫に餌をやらない方がいい理由とは何なんだろう? いくらネットに書いてあるからといって、冷たすぎないだろうか?

少し詳しく聞くと、餌目当てにどんどん野良猫が集まって近所迷惑なことや、糞害などを挙げていたのでもっともではあるのだが…

☆ ☆

そして今朝、庭を見たら、仔猫が一匹、枯れ草を相手にじゃれたり転がったりしていた。両手でフワッとつかめそうな位小さい、薄い茶色の仔猫。

しばらくしてどっかに行ってしまうまで、目が離せなかった。

「可愛かったなあ」と思いながら朝ごはんを食べていると、T・Tが水でも飲みに来たのかダイニングキッチンに入ってきて「おはよう」と声をかけてきた。

お?

この一月近く、奴とは口を効いていなかった。つまらないことで口喧嘩になり、それ以来顔を合わせることもなくなった。親の作った食事もとらず、どっかで買ってきたものを食べている。何年か前なら心配になってこっちから折れたけど、彼ももう大人の年であるから、放っておいた。

放っておいたと言っても、同じ屋根の下に住んでいるので、完全無視は難しかったが、向こうがそうしてきたのでこっちもそうした。

そのT・Tが今朝は、猫の話しにのってきてホンワカといろいろ話しをする。〝実は仔猫は三匹いて、一匹は薄い茶色、一匹はまだらの黒、一匹は毛足が長くペルシャ猫のようだ〟と。〝親猫は顔がやつれてげっそりしていた〟と。そこへ、〝縄張り争いかなんかで、大型猫がうちの庭に入り込み、親子4匹にちょっかいを出していた〟と、話す。

「でかい猫に、仔猫が毛を逆立てて立ち向かっていたよ。敵うわけないのに。」

先ほどの薄茶の仔猫だろうか。

T・Tは台所にたって何かし始めた。食器棚から平皿を出したり、「皿はやめるか」と再生ゴミのプラスチックトレイを引っ張り出したり、「これじゃ軽すぎるか」と右を向いたり左を向いたり。

もう大人の年であるからわたしは手伝いなどはせずに、「また来てほしいねえ」と話しかけたのだけど、やつは聞いてなくて、縁側と台所を行ったり来たりしていた。

【証言】奪われた故郷—あの日[3.11]、飯舘村に何が起こったのか

『【証言】奪われた故郷』を読んだ。

左:入植10年目に牛を手放すことに追い込まれた酪農家の田中さん(撮影:森住卓)/右:家族同様の牛を屠場に送り出す長谷川家

 

……つらい。ほんきでつらい冊子。
とくに写真のp.34からp.35のあたりはもう涙出過ぎてくたびれた。
読んでるだけでそうなのだから、「こんなことなんで起きたんだ? 世の中にこんなことってあるのか」と思いながら、家族同然の牛を屠場に送り出した著者たちのつらさは、わたしの100倍、1000倍、1万倍…

それでも、このつらさを味わうことで得たものもあった。

自分が食べているものが生きものの命であると、真剣に思い至ったこと。

不肖annaka、自分史上もっとも意義のある気づきだと、いばる。

いばるようなこっちゃないけど、それくらいでもしないと、気持ちが落ちてくばっかだ。

福島第一原発、20キロ圏内の世界

Farm Sanctuary 希望の牧場~ふくしま~ Official BLOG: 風化しないように、発災年の動画を再UP

↑上は震災間もない頃の映像だ。

原発20キロ圏内は警戒区域となり、人々はすぐさま立ち去らなくてはならなくなった。家畜はじめ動物たちは置いて行かれ、家畜は餓死し、犬や猫はとつじょいなくなった飼い主を探し、食べ物を探し求め悲惨なありさまになってしまった。YouTubeにもいくつかあがっている。中には動物をたすけるために区域内に入って活動する人々もいて、救われる。

上記リンクは20キロ圏。
飯舘村はゆうに30キロ離れているので圏外のはずだが、放射性物質は同心円には降り注がず、長谷川氏の言う「たんこぶ」状に飛散しており、計画的避難区域に設定されてしまった。
人だけ避難し、牛は置いていけとなったのだ。つまり、20キロ圏内と同じ運命を牛たちはたどりかねなかった。

長谷川氏らはそうさせないために、役所、国相手にかけずりまわり、牛の犠牲を最小限にとどめた。
その結果が屠場に行くという事で、それが食用になる(無駄死にではなく)ことなのか、そうではないのか、実のところわたしにはよく分からない。それでも、20キロ圏のような地獄でのたうちまわらすような残酷な仕打ちを牛たちにしないですんだ。そのかわり、飯舘村から牛はいなくなり、酪農家なのに牛を失った。

Youtubeで比較的最近の長谷川氏を見たら、長谷川氏が今一番言いたいのは、あの時何が起きたのか(事故もそうだが、その後の対応。SPEEDiを隠したことや高い線量が出ても「安全」「安心」と大学教授らが説得に来て、その直後に計画的避難区域に設定されたこと。その間被爆し続けたこと、など)、それを検証してほしい、忘れないでほしい。

☆ ☆ ☆ ☆

この冊子からやや離れるが、リンク先「希望の牧場」の場合は、フクイチから14キロの位置であり、ほおっておけば動画、画像の通り、家畜たちは放置され餓死するところだった。あるいは「殺処分」になるところだった。その命を殺処分はさせず、意義あるかたちで守ろうと、奮闘しているのが希望の牧場だ。

吉沢牧場長の想いと意地。 Documentary 光影寫眞

これは牛の問題ではなく、牛の命を通した人間の問題と、牧場長は言う。

希望の牧場の牛は、生きるという事について、命について、食べるという事について人々が(特に子どもたちが)考えるうえで、最強の教材になる。

大人だってろくに考えたこともなく漫然と食べているのだから、ほとんどアホみたいなものなのだ。

食や命について考えれば、内側から綺麗になる※し、聡明な子どもに育つだろう。お受験だ偏差値だばかり言っていたら、昭和と同じような人間が再生産されるだけだ。

そっち方面(真の教育方向)でも、牛さんたち、生きれたらいいなー♪♪


読んだダイエット本の影響で、唐突に言い出してて分かりづらいですね・・・・

青天の霹靂を映画館で観た

薄汚れたマジックバーで日々働く39歳の売れないマジシャン轟晴夫(大泉洋)は、幼い頃、母に捨てられ、父とは10年以上絶縁状態が続いていた。そんなある日、晴夫のもとに警察から電話が入り、父の死を知らされる。遺骨を抱え、ホームレス生活だった父の住み家のダンボールハウスに来た晴夫は自らの未来を重ね、「なんで俺、生まれてきたんだろう」と絶望に暮れるのだった……。そこに青天の霹靂――青空に一閃の雷が光り、晴夫を直撃する。気付けば晴夫は、40年前の浅草にタイムスリップしていた。浅草ホールを訪ねた晴夫は、スプーン曲げを披露して一躍人気マジシャンとなっていく。そんな中、同じくマジシャンをやっていた若き日の父・正太郎(劇団ひとり)と、彼のアシスタントである母・花村悦子(柴咲コウ)と出会った晴夫は、ひょんなことから正太郎とコンビを組むことになる。やがて、悦子の妊娠が発覚、晴夫の出生の秘密が次第に明らかになっていく……。
#引用元Movie Walker > 青天の霹靂

感想の類はネタバレしちゃいけないとビクビクするけれど、こうやってオフィシャルがバラしまくっているのだから、もう、全部言っちゃうよ!!と開き直りたくなる。

とまれそれは出来るだけ避けたい。でも保証はできないので、この先は観てから読んでください!!

本題。
冒頭は、泥酔した客相手にカードマジックしながら述懐にひたるマジシャン晴夫。述懐はカードにからめ、決してエースやキングではない自分を自嘲してみせる。

店がひけて客のゲロの後始末をする若い店員との会話では、俺なんかしょうないんだよ、生きてる意味なんかないんだよ、と物悲しくも憐れな生い立ちを匂わす。場面は代わって汚い自室。映画画面に映し出すには本当にリアルに汚い部屋で、ゴミいっぱいのレジ袋にうずもれながら、レトルトカレーを飯にかける晴夫。でも飯は見ていない。見てるのは テレビだ。

テレビには若手のトランスジェンダーもどきマジシャンが映っている。晴夫は不味そうにレトルトカレーを口に運びながらさらに不味そうな顔になって、吐き捨てるように「くだらない」という。くだらないと吐き捨てた理由はまた後で明かされる。

昼になり、あるところから電話がかかってきて、鉄橋下の広い川岸に向うことになる晴夫。

川岸の草原は美しかった。そこに建てられたホームレス小屋も。
いつまでもこのままこの男の人生を、いやさ、人生なんて大げさなもんじゃなくていい、この男の日常をもっと見ていたい。レトルトカレー以外に何を食べるのか、風呂はどうしているのか、部屋には他にどんなグッズが置いてあるのか、そのなかで何をまた述懐し、何を自己憐憫し、何が何も起きないかをずっと見ていたい。

という気持ちにひたっていた矢先、悪い予感はしてたけれども、バーーン!! と、

青天の霹靂が、晴夫をおそう。

なんで青天の霹靂なんか起きるんだよー起きないでいいよーと、ガッカリした。

陳腐なSF展開になるのは、予備知識はなくても予測が付いた。
タイムスリップしたのだ。
川岸の草むらで目を覚ました晴夫は、そこが70年代の日本であることを、そばに落ちていた新聞で知る。タイムトラベルしたときにだけ新聞というやつはべらぼうに役に立つのだ。

しょうがないので気を取り直し、続きを見ることにした。

結論を言えば面白かったので、人にも薦めている。
ただ、細かいことを言えば、大泉洋の顔演技にあまりに多くの事を依存しすぎじゃないのかなあ。そのコにとって母がどんな存在なのかを説明する熱演部分は、時間が長いし、ぜんぶ顔。ここで感動させたいのはわかるけど、やりすぎてわたしはダレた。あと歴史上の同日同時刻に同一人物が存在しちゃいけないのが、(サイエンス)フィクション 界最大の不文律なの、監督は知らないのかなあ。気になって気になって「あんたがいると赤ちゃん、死んじゃうか生まれて来れないよ‼︎」と無駄にハラハラしちゃった。

あとこのラストだと、本当に母が出て行ったケースの場合ほんきで救われない。実際の人生の場合はこれでもいいけど、作品としては引っ掛かりが大きい。素直に感動しづらい。そんなで最後のセリフもわたしはちょっとピンとこなかった。このテーマならば、両親のなりゆきよりももっとスパンを大きくとって「先祖」に着目した方が柔軟に展開できたような気が、しなくもない。

嫌韓本をためしに読んでみた『もう、この国は捨て置け!韓国の狂気と異質さ』

hontoの電子書籍過激なタイトルの本である。普段なら敬遠しているかもしれない。
わたしは先月、渡来人がもたらした浪漫についてupしたため、韓国に興味をもった。

対談しているふたりは、ネトウヨ?と言われる嫌韓の日本人というわけではなく、れっきとした中国人と韓国人であるから説得力はすごい。(現在は日本に帰化している)

読めば読むほど、韓国とは関わらない方がいいと思わずにいられない本である。
ことに中国も韓国も歴史は「つくるものであって事実は関係ない」「歴史はこうあるべきが優先で事実は関係ない」などは、頭が痛くなる話だ。まして、韓国の反日感情は反日というよりも怨日であり、昨日今日に始まったものではなく、また太平洋戦争や従軍慰安婦問題から始まったわけではなく、もっと古く根の深いものである、などのくだり。

こんな話を聞くと、ほんとにどうしていいのか分からなくなる。

そのほかで特に韓国のだめだなあと思った部分は、いきすぎた儒教精神。
たとえば、日本なら年をとっても、好奇心と向上心を持ち続け生涯学習に取り組むなど、知的であろうと努めることは可能であるし、実際そのようにしている人は多い。が、韓国では、「老人は何でも知ってて当たり前、老人が勉強するなどあり得ない」という。

ただ思い出すと、わたしが子どもの頃の日本も今の韓国に似た老人の位置づけだった。各界からの啓蒙活動が長年あって、生涯学習という考えが定着したのだと認識している。

そういう考えを定着させないと、今の韓国のように、子どものころのエリート教育がすべて、知的階級はジャーナリストなどの一部に限定され、それ以外は侮蔑の対象になる、といった偏ったことが起きる。この本によると、韓国人の偏狭な差別意識の対象は多岐にわたっていて、たとえば「島」を軽蔑する発想など、聞くに堪えない。(著者の呉氏も済州島の出身であるため、たいへんに差別されたらしい)

人ごとながらいい加減にしろ韓国人と、腹が立った。

それでも最後は丸く収める対談かと思ったら、どこまでも祖国に絶望しきっている両者らしくて、タイトル通り「日本はクールジャパンに代表されるような優良コンテンツを持っているのだし、おもてなしなどの文化もすごいのだから、世界を相手にするべきで、韓国には関わらないでいいんです!!」と、韓国を見限る姿勢にゆるぎなし。

それでも石氏の忠告として、今中国がねらっている海洋戦略(詳細は本書の最後の方)はアジア諸国が警戒しなくてはならないものであり、その一環では韓国とも適宜手を結ぶ必要があると説く。(パク・クネ大統領が中国寄りとなり反日を打ち出したため、困った話なのであるが)。そこらへんが、気になることはなるとわたしは思った。

ところで当方、最近カイカイ反応通信にはまっている。韓国人は昔も今も、日本の姿を映し出してくれる。なんて有難いんだと思う。
それに、この本の予備知識を持ちながら読むと、カイカイがまた一段と面白かったりする。

それにこのお二人が言うほどには、話の分からない韓国人ばかりではないのでは? とも思う。(けっこう面白い韓国人が多い) 韓国のかたがたのことは、あえて好きにならないでもいいから、嫌いにはなりたくないなあと思った。