父の近況。まだ車で図書館へ。図書館へ行けなくなった時が逝く時なのデスか・・・・?

投稿者: annaka 投稿日:

若者が老人を介護している絵

若者が老人を介護している絵 。サンクス:かわいいフリー素材集 いらすとや

前回、タクシー代を母へ送る話を書いた。いくら送るか悩んで、「タクシー代」と明記して17000円にしたのだった。

ほどなくして母から返事が来て「この夏の残務処理差額分なのだろうと判断しいただいておきます」と言うのだ。
17000円という金額がハンパだったため、のんきにそう解釈したらしい。万札よりも千円札の方がタクシーで使いやすかろうと親切に考えた、というのに。

「残務整理ってなによ~!! そういう会計じゃないからうちは~。お父さんに運転をやめてほしいからだよ」と内心で抗議した。もしも母がLINEをやってたらすぐにそう打ちつつ、愛用のおじさん図鑑(LINEスタンプ)から、「No」か「大丈夫?」を送っていたと思う。

ちなみに当方、おばさんスタンプも持っているのだけど、腹の出たエプロン姿の昭和っぽいおばさんのため、自虐的な印象を与えそうであまり使っていない。

(まったくそんな印象は与えず、自然体で受け取っているかも~だけど笑)

母は、父の運転を深刻に思ってなくて、「今日も図書館へ車で行ってたわ」とのこと。

そういえば父はひんぱんに図書館へ行く。若い頃小説家志望だったくらいだから本が好き、というのもあるのだが、本だけが目的ではない、とわたしは踏んでいる。

というのも、数ヶ月前の手紙に、髪の長い、爽やかで優しい笑顔の、20代半ばくらいの女性の写真が同封されていたのだ。背景と服装から推すに図書館で働いている女性のようだった。父は彼女に図書館のソファに座ってもらって、例によってながながと話をし、その時写真を撮らせてもらったのだろう。

裏をめくると「ボクの現在の彼女」と、書いてあった。

こういうことは珍しくなくて、以前は、珈琲店でレジをしている女性に惚れてしまって、足繁く珈琲店に通い、自伝の献辞も彼女あてにしたくらいだ。

もちろん、彼女なんていっても、何か発展しているわけではない。おしゃべりしたり顔を見たり、彼女についてのうんちくをワープロに打ち込んでニヤニヤしているという程度だ。

そんな恋多き父、「ボクの現在の彼女」の写真の他に、古い洋画の一場面である女優のアップ写真も同封していて、そちらには「ボクの初恋の彼女」とあった。

あまりに古い映画すぎて「誰よこれー??」と、わたしにはまったく分からなかったのであるが、スキャンして画像検索したら判明したんだった。はー手間のかかること。

そんなであるから、現在の彼の生きるエネルギーのみなもとと化しているであろう、「今の彼女」に会うためなら、娘の反対などに耳を貸しそうにない。検索すると、「高齢の親が運転をやめない」悩みは実にポピュラーな悩みで、みなさん苦労しているようだった。

しかも、「一回事故ったら自然とやめました」的な感じで、決定的な解決策があるわけでもなさそうなのだ。

困ったな~~ どうしたらいいんだ。事故を起こして父の命がなくなるならまだしも、人のだったらどうするんだ。

いやいや、父の命でもまずい。まだ石原慎太郎もご存命だっていうのに。

あちらも脳梗塞おこして今は相当ボケて気弱になっていると石原慎太郎の葛藤と、相模原障害者殺傷事件の背景を考える。巻-雨宮処凛がゆく! | マガジン9に書いてあった。

高齢もきわまって死の間際になる、という体験は、これは一生に一度しかやってこないし、すべての人が最初で最後の経験になるうえに、その経験を「あの頃はなあ」と語って聞かせられるというものでもない。

それだけでもうたいへんな事だ。『文学界』10月号に本文が載っているようだから、父に送ってあげようか。「石原の話など聞きたくない」と拒絶反応を示すか?? ぜったいに『太陽の季節』は読んでるはずだが・・・・

考え出すと、妙に焦ってくる。親の死に関しても、ひところ流行った「正常化バイアス」ってはたらくのか、普段はあまり気にしてない。なのに考え出すと「大変だ大変だ」と思えて、いてもたってもいられなくなるのだ。

・・・・少し、落ち着こう。

ところでその初恋の女性だけど、1954年のイタリア映画『道』のジュリエッタ・マシーナ(が演じたジェルソミーナ)だった。

こちらが→淀川長治の映画解説

淀川長治さんも、それだけでとても懐かしさのこみ上げてくる人。

人っていつ、逝く決心をするんだろ? その時がカウントダウンで迫ってきたときに、どんな心境で過ごしているものなんだろう? 父の近くに住んでいれば、察することもできそうなのに、残念だ。

この前、電話しながら一番思ったことを書いていなかった。

「わたしを愛する者の声がもうすぐ聞けなくなるとは、なんてさみしいことだろう」と。

これほどさみしいことはないだろうと。受話口の向こうから響いてくる父のやや弱った、けれど、わたしへの愛情が確かに感じられる声を聞きながら、早々と、さみしさがこみ上げてきそうになった。

 

また電話しよ

 


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