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タグ: 就活

就活、いったいなんだったんだ

記事の分類:未分類

末次郎が大学を卒業した。
当方、入学した時も日記をアップしている。今読み返して、なかなか良いことを書いていた。日記はやはり書いておくものだと思う。

あの前年、大地震、大津波、原発事故という、想像もしていなかった巨大なことが起きた。

Part2:就活スーツの色、黒でないとダメなのか、黒だとダメなのか、それとも心底どっちでもいいのか

記事の分類:日記

そんなで昨日は、安定した大企業に入社できる下地を作ってあげられなかった自分を責めた。

といっても、今振り返っても、それは無理だったろうと思う。今人生をやり直したとしても(そしてブログがなかったとしても)たぶんわたしの性格と価値観では無理だからだ。

すでにしておそらく、この価値観をもつ(もつことが可能な/生まれながらにもっている/親から引き継いでいる)一派は、どこかに「特権的」に存在している可能性がある。

が、その件はひとまず置いておくとしても、わたしとしては末くんには、最低限の税金を払えるくらいに、どっか適当なところで働いてもらえればいいと思っているし、さらには就職って、そんなにしないといけないものなのか? 何か他の体験を重ねるわけにはいかないのかとも疑問に思っている。

にも関わらず、「大企業に」とか「そうでなくてもちゃんとした就職を」と思ってしまうことも嘘ではない。要するに、複数の考えと思いが同時にあるのだ。

その中で「自分を責める」思考法はもっともツボにはまりやすいのだと思う。

そんなでもう一度就活スーツの色を読み返した。特に、「(就活は)自らの生死を賭けた戦い」と書かれた赤木氏の文を読んだ。あの時はある種の抵抗があって横道にそれた感想しか浮かばなかったから、直視しようと考えた。

 

 これをみて「気持ち悪い」と思うのも当然だし「これでいいのか?」と疑問に思うのも当然だと僕は思う。しかし、では仮に僕が就活生から着ていくものの相談を受けたとしたら、どう答えるか。それはもちろん「黒か紺系のスーツを着ていけ」である。

ここまでは至ってまっとうな、これ以外の流れはないだろうという、穏当にして常識的な展開だ。実際わたし自身、末次郎がスーツの色で悩んでいたので、これに近いことを答えた。

 だって、就活生の目的は特に色とりどりのリクルートスーツを着ることではなく、内定を勝ち取ることなのだから、スーツの色なんかにこだわったって意味は無い。ましてやスーツの色で目立ってリスクを負うくらいなら、黙って周りに合わせておけというのが当然のアドバイスだろう。

その通りだ。

しかし、

 私服でいるよりも、制服を着て生徒であることをアピールするほうが、何かと有利だった世代でもある。特に「女子高生」という記号はアイコン化され、消費社会にとって極めて「消費されやすい存在=社会に価値を認められる存在」として、女子高生たちは制服であることの利益を一身に受けてきた。

これは本当にそうなんだろうか? 女子高校生達はほんとうに「女子高生」とアイコン化されて喜んでいるのだろうか? 女子高校生達はほんとうに、制服であることの利益なるものを一身に受けてきたし、今も受けているのだろうか?

 そうした彼らだからこそ、同じ黒系のリクルートスーツであってもそのことに疑問を抱かない。それは茂木氏らが主張する「くだらなさ」や「息苦しさ」というものは、茂木氏らの世代だけに存在し、就活生にとってはまったく存在していないという可能性が極めて高い。

そうなんだろうか? 可能性という言葉で濁しているとはいえ、ほんとうに若者にとってその息苦しさは存在していないのだろうか?

 そう考えると、僕の茂木氏らへの疑念の正体がハッキリする。 同じ黒系のスーツを就活生が着る光景に「くだらなさ」「息苦しさ」を感じているのは、茂木氏や鴻上氏自身ではないかということ。そしてその怒りは結局のところ、就活に挑む就活生を、自らの自尊心を満足させるために代理戦争のコマとして利用しているだけではないか? という疑念である。そしてそれは、新卒学生に個性ではなく画一化した労働力であることを望む企業側と逆ベクトルなだけで、本質的には同じ欲望ではないかと、僕は思うのだ。

「代理戦争のコマとして利用」とは、茂木氏や鴻上氏は真の就活の姿を見ずに、自分の価値観を主張したいがために就活生である若者を踏み台に使っているだけだと、赤木氏は怒っている。もしもほんとうにそうなら、それはもっともな怒りだと思う。

が同時に、赤木氏自身も同じあやまちを犯していないか? と懸念する。

自分の主張(おもに茂木氏世代への怒り)をしたいがために、若い女性がアイコン化されることをみずから享受している、あるいは若者が黒スーツをロボットのごとくお仕着せられることに一抹の疑念も抱かずにいると、そう決めつけていないか?

あるいは、そういった現代の若者への、自分の中にある苛立ちや怒りを押しつぶしていないか?

そしてそれはヘタをすれば、この社会ーーー人を人ではなく機械化し、一定の型を押しつけ、枠からはみ出た者にコミュ障の烙印を押すーーーに荷担していることにならないか。

☆..・。.☆・.。☆..・。.☆・.。

下の方の文章に、わたしは特段もんくはない。赤木氏と赤木氏の世代を殺してきた社会と、それに対し手を打たず、権利だけを無自覚に享受してきた茂木氏の世代への怒りがこれでもかこれでもかと、爆発的に執筆されている。

しかし、今は人事部長をやっている昔個性を発揮した茂木氏世代の茂木氏じゃない人間の分まで批判されても、さすがにそれは茂木氏のせいではない。わたしも茂木氏の世代だが、人の分まで文句を言われても、別人なのでどうにもならない。むしろ、普通に茂木氏を批判してほしい。最近ますます頭ボサボサにしてはっちゃけぶりがすさまじいしw

もしくはその人事部長、誰なんだって話しだ。わたしの世代のそいつ、いい加減に黒スーツマンセーやめて!!

そして、「新卒一括採用」が制度的にダメ。って話し。

近頃、わが家が暗い

記事の分類:日記

2月に就活スーツの色について書いた。

末次郎の就活が終わらない。

少し前の自分だったら、まだ8月なのだから当たり前では? と思ったところだが、調べると、大方の大学生は8月には内定が取れて就職先が決まっているものらしいのだ。(参照:就職活動とは

どうも最近末次郎が暗い、というか荒れてるなと思ったら、例のお祈りメールが殺到しているのかもしれない。

のんびり屋のわたしも、今まで何でも自分で決め、自分でこなしてきた末次郎を放置しすぎてきたのではないかと、後悔の念で胸がふさいでいる。

上記参照サイトを見ても、就職を決めるということが生半可なことではないのが分かる。

さらに関連して、さまざまな企業の一覧などを見ていると、ああ、こんな誰でも知っている企業に入れるように、小さい頃から勉強させておけばよかった、金がないなどと言わず夜勤バイトを2つ3つ掛け持って、進学塾なり家庭教師を付けていたら、今頃さっさと就職できていたのではないか・・・

ふさぎだすと、どんどんとふさぎきってくる

しかし当方は根っからのブログ好きなため、どうしてもなんかかんか書きたくなってしまう半生を送ってきた。だから、バイトなどやって休みがなくなるのは耐えられなかった。その半生を反省しろと言われても、どうにもならない。

だけど、子どものためにはそうすべきだったのではないか、

でも無理、でも、

と堂々巡りに陥る

 

※だじゃれが言いたいための記事でわありませんよ~いわゆる日記

就活スーツの色、黒でないとダメなのか、黒だとダメなのか、それとも心底どっちでもいいのか

記事の分類:社会系

この記事にはPart2もあり。



今年の就活の「解禁」は三月だそうだ。
前年まではもっと早く10月とかだったため、「青田買い」などの悪習がはびこり、決まる学生は早々と決まり、決まらない学生はいつまでも決まらず、不公平かつ学生の負担も大きかった。なおかつ大学の学業どころではない、などの弊害が大きかったのだろう。

これらの反省をふまえて、三月解禁となったらしい。

わたしも人並みに、大学が主催する保護者向け就活セミナーに参加したりしたので、多少詳しくなった。