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タグ: 橋本治

自民党一党独裁時代を終わらせるためには?それを考える前に、自民党最強伝説がうまれた理由

記事の分類:政治系

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この前、『橋本治という立ち止まり方』についてupしたけど、ひきつづき読んだら「なる・・・・」と妙に納得した事が書いてあったので紹介する。
先に要約すると、アジアの他国(特に韓国)とのパイプを持っているのは自民党だけなんだ、だからいつまでも与党であり続ける。

p.131

「戦前」の中に「戦後」はない

 日本の「戦後」というものを考えて、私にとっては不思議だったのが、どうして戦後の日本には「戦前」と手を切った新しい政治家が生まれなかったのかということだった。
 1945年8月15日の終戦を契機として、日本は革命的な変化を遂げる。その変化を実行するのは日本にやって来たアメリカの占領軍で、日本人はその指示の範囲内で「変革」を実践して行く。当然、それ以前の「軍国主義日本」を動かしていた人間達は公職追放ということになるのだけれども、アメリカ占領軍が日本から撤退して行く段階で、この人達の追放は解除になる。
 一度公職から追放され、これが解除されて復帰した人達の中には、戦後日本をリードして行った鳩山一郎、岸信介という二人の総理大臣もいる。ついでに言ってしまえば、市川房枝も公職追放解除組ではあったけれど。私は昔から、この「公職追放→解除→現役復帰」が当たり前であった「戦後」というもののメンタリティがよく分からなかった。一方では、軍国主義から民主主義への革命的な変化がある。しかし他方では、相変わらず「戦前」以来の地続き的な「そのまま」もある。「公職追放」というものは、軍国主義日本のあり方を担った人達の「一時謹慎処分」のようなもので、「一応反省したから、もうなにかを問われることはないということなのか?」などと思った。
 (中略)「新しい時代になっても新しい時代を担う人材が生まれないから、古い時代の人がそのまま時代を担うということのなっていたのか」という理解の仕方をしたからだ。
 現実社会では経験がものを言う。いくら新しい理論が登場したって、それがそのまま現実社会に適応出来るわけはない。国家主導で強引な変革が実現できる国ならともかく、戦後の日本はそうではない。理論と現実の間では、さまざまな妥協が必要になって、そお妥協を実現させる主体は、現実での中で生きて、「経験」を体現している人達だ。
(中略)
 なんでこんなことを考えたのかと言えば、NHKのテレビで「日韓関係」をテーマにするシリーズものをやっていた、(中略)

 韓国をはじめとするかつての日本の植民地だったアジア諸国との戦後に於ける国交回復は、公職追放解除組につらなるような人脈の人達によって達成された。そして、戦後に新しく独立したアジアの国々のリーダーは、なんらかの形で日本の影響を受けている。日韓国交正常化の一方の主役だった時の韓国大統領朴正煕(パクチョンヒ)は、戦前に日本の軍人教育を受けている。彼の中には、日本に対するアンビバレントな感情があるんだろう。しかし、彼が日韓国交正常化のパイプ役として求めた相手は、公職追放から総理大臣になり、六十年安保の改定後にその座を退いていた岸信介だった。
 東条英機内閣の商工大臣だった岸信介は、その以前、満州国の産業部次長で、満州国の産業経済の中心ともいえるような存在だった。その満州国に朴正煕も「日本の軍人」としていた。朴正煕が「アジアのことが分かって、日本の政界に大きな影響力を持つ人物」として岸信介を考えるのは、不思議ではない。
(後略)

(以上、政権交代した2009年までは、という話しなんだけど)

それで思い出したのは、高麗神社近辺の自民党天下ぶりは凄かった。
その一方、嫌韓で反在日運動する人も自民党支持と思われるので、ややっこしいな


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PART2『橋本治という立ち止まり方』を読む、という立ち止まり方

記事の分類:レビュウ

前回は記事タイトルの通り、いろいろ立ち止まって思い出していた。

その続きから入る。

『だっくす』はその後『ぱふ』になり、『ぱふ』になってからもしばらくは面白かったと思う。

橋本氏の方はその後、少女漫画評論ーーーというか少女とか女子高校生ーーーという枠から飛び出して、次々にいろんな本を出して時の人になっていった(「時の人」に果たしてなっているのか判然としない不思議さの人なのだが)。小説も書いていたし、読者啓蒙型のエッセイや評論も多かった。わたしも全部ではないながら、結構な数を読んだと思う。

しかし『だっくす』の夢も潰えたことだし、だんだん橋本治自体も古典へ向かっていったというのあり、いつの間にかわたしはこの人のことを忘れていった。

で、今回だけど、林芙美子の本を探していて「は行」の棚でみつけた。

「は行」の棚は林真理子ばかりがずらーっと並んでいて、橋本治のはこれ一冊。

林芙美子にいたっては、すっかり過去の作家という位置づけなのか、影も形もない。
せめて全集の棚とか、日本文学の棚とか、昭和の棚とか、九州の棚(はないか)に置いてあって至極当然の作家だと思うのだが。
いったい、誰が、どういう基準で公共の図書館に並べる本を選んでいるのか?
単に、売れてるかどうか、なのか。利用者からのリクエストが多いから、なのか。

かなり腹立たしい事態だと思っていたら、ちょうど似たような釈然としなさ加減が、本書に出てくれていた。

第二章「政権交代の二〇〇九年頃には、政治のことを考えていた」の、<ネットの世界に「えらい人」はいないんでしょ?>だ。

我流に要約させてもらうと

  • 活字の世界には「売れないけどいい本」というのがある。
  • しかしネットにはない(氏はネットをしないのでそう推測している。当たっている)
  • なぜ活字の世界にはあるのか? 活字の世界には「いい本」とジャッジする権威があるからだ。
  • 氏は「権威なんかなくていいと思っている」
  • その点で氏の頭の中はたぶんにネット的である。
  • が、権威がなければ、何がいい本か各人がジャッジしなくてはならない。
  • つまり王政が倒されて共和制の民主主義になった以上、各人責任をもった政治行動をするように、ということだ。
  • が、氏にとって活字文化というのは「王政の時代の血を色濃く引くもの」
  • それでいいわけでも悪いわけでもなく、そういうもの、という位置づけ。
  • 王政が倒されて共和制の民主主義になると、その先が大変だなぁという話でもある

もとより、どんなテーマであろうと自分の頭で考え、既成概念や権威の威信に縛られず縦横無尽に論を展開してきた氏であるから、最初から彼が「ネット的」だったのは、今思い出しても本当だ。

そのネット的だった橋本治がネットを、つまり、ブログもツイッターもやらず、さらにはネットにつなぐこともないのは面白い。
氏の友達(に当時見えた)である糸井重里の方が、ネットを根城にしている感があるのと対照的だ。
コピーライターという、他人に影響を及ぼすことを元から仕事としてきたから、糸井氏の方がネットと直結したのかもしれない。
わたしに言わせれば、どう考えても逆であるべきなのに、橋本氏はネットに存在していない。

もっとも存在されても困るかも・・・・

やたらと説得力のある最強のことを連発されても、ほかの人が言うことがなくなって指をくわえていることになりかねない。

第一本人、誰にも影響なんか及ぼしたくないし、責任もとりたくないし(だから本の帯の推薦文も書きたくないし、賞もほしくないし)と、しきりに本書に書いてて受けた。

そんなで、モンダイはネットだ。そして王政が倒れた後の民主制だ。それは、放っておけば林真理子の本ばかりが図書館の棚に並んでしまう事態をどうするか、でもある。

そして、その事態は着々と進行している。

あーどうしたらいいのだー

 

◆次号につづく(といいな~)(万一続かなかったらゴメン)

 


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PART1『橋本治という立ち止まり方』を読む、という立ち止まり方

記事の分類:日記

机の上の本図書館でみつけた一冊。

・・・・という言い方は、よそよそしいかもしれない。

なにせ高校生から二十歳前後のわたしにとって、最大級の知的HIROだった橋本治なのだから。

ことに少女漫画評論集『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』では、目の前の世界が全部塗り替えられたといっても過言ではなく、この本が(というかこの発想と文章全部が)好きすぎてどうにかなりそうなほどだった。

『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』が連載されていたのが、『だっくす』という「漫画評論誌」で、わたしは高卒後働くならぜったいに『だっくす』だと思い、高3のとき友達と編集部に遊びに行った。

どうやったら『だっくす』で働けるのか? やはり大学を出てないとだめなのか、何大学だといいのか?

自分にとって大学は、家も貧乏だし勉強嫌いだしで完全に視野の外だったが、とにもかくにも『だっくす』に関わりたいし近づきたい、という衝動のもと御茶ノ水に赴いた。

『だっくす』は橋本氏の連載の他にも、心躍らせ震わせる要素に満ち溢れていた。可能とは思っていなかった漫画家へのインタビューなどだ。後にも先にもあんなに好きだった雑誌はない。(他は一時期の明星とか。あと別冊マーガレット。ブラックジャックが連載されていた頃のチャンピオン)

ところが、御茶ノ水の目的地に着いたら、『だっくす』の編集室は目を疑うくらいみすぼらしかった。
英知とワクワク感の王宮であるはずなのに、6畳程度の埃っぽいボロ屋の一室で、わたし達は申し訳程度の応接セットにちょこんと座った。
ちょうど小森ネコさんがいて、コーラをごちそうしてくれた。小森さんはスラっとしたとてもきれいな女性で、そこだけは少女漫画ぽかったのだが、あとはひたすら雑然とした机が二つか三つ。当時はパソコンなどはないから、紙が上にも横にも広がって量がすごかった。
さらに、その時は小森さんの他に男性編集者もいて、この狭くて汚い空間で男性編集者と一緒にすごすなんて、わたしにはぜったい無理‼ と打ちひしがれた。

 

・・・・こうして、『だっくす』で働く夢はあっけなく砕けた。

◆次号につづく(といいな~)(万一続かなかったらゴメン)


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