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タグ: 若者

彼らはまだ家に帰ってこない

記事の分類:日記

うちの息子達の帰りが遅い。
朝は7時前に出て、帰ってくるのは23時すぎだ。
かつてアフター5という言葉があった。
夕方5時に退社してその後異性と交遊したり同性と食べたり飲んだり恋バナしたりするやつだ。
彼らの場合、アフター22時 Σ( ̄□ ̄lll)
22時じゃ店はどこも開いてない。

帰ったら温かいものを食わしてやろうと待ってるんだが、待てど暮らせど帰ってこない。そのうちわたしはコタツで寝てしまう。
そうすると気力がなくなって、味噌汁あたためるのも難儀。母の愛の深さを見せつけてやろうと待ってるんだが、眠くて無理。

ならば朝ご飯でも作っといてあげようと思う。で、実際何度か作った。
が、手をつけないまま料理は残っていた。聞くと
「台所に行ってる時間がないんだよねー ギリギリまで寝ていたいし~」と。

それならもう、枕元に置いておくよ。握り飯とか、ポテサラとか。
台所に行かずに済むし、起きてすぐに食べられる。
サンタじゃないから靴下には入れないけど!!

が、この案はまだ実行されていない。

救いなのは、土日が休みなのと、本人がケロっとした顔で淡々としていることだろうか。
IT系の仕事をすること自体初心者だから、しょうがないんだろうか。
いつか慣れたら、もっと早く退勤できるようになるんだろうか・・・・


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メディアと自民党

記事の分類:レビュウ政治系

西田氏の力作研究書、『メディアと自民党』を読んだ。
正直、かなりイラついた。なにゆえにわざわざ過去の自民党とマスコミの関係を「慣れ親しみの時代」などと繰り返し表記するのか?

学者だから批判的な表現ではなくてニュートラルな線をねらったのだろうか? あるいはこの関係にはメリットもデメリットもあるからだろうか。あるいは、旧世代のマスコミ&自民党への批判といっしょになりたくなかったからなのか・・・・

ともかくこれじゃ読者が煙に巻かれるだけと心配した田原氏が、帯にわかりやすく〝隷従〟という言葉をもってきてくれた。

マスコミの人だって自民党の議員だって個人としてはみないい人のはず。そう思えば、隷従などと古くさい上目線に抵抗があるのも分かる気はするのだが・・・・・・。

が、組織になったときに怪物化する人間の恐ろしさをもうちっと意識してほしいなと、思ったり。

さて。

 

事の発端は、2015年6月26日深夜。朝生の出演を自民党と公明党の国会議員が蹴ったことだ。

それまでは、与党と野党の議員、プラス論客たちで議論できていたものが、肝心の与党議員が参加しないとなると、政策を巡ってのオープンな議論と、それを見て判断する一般有権者という図式が成立しなくなる。

大変な損失である。

いやさ、大変な損失のはずだし、そのことはまずメディア(この場合テレ朝)が与党議員を批判し、民主主義のどだいとしての議論の場を軽視したと論客たちも批判し、判断材料を失った一般有権者も批判しなくてはならない事態だった。

が、それはあまり起きなかった。
その一方で安倍晋三は、7月6日に「ニコニコ生放送」で直接国民に安保法制について語りかけていた!!

これは、メディアを頼らずとも、メディアはスキップして直接メッセージを伝えることができるようになった、技術の進歩のおかげだろう。

よかったよかった。

いやいや、よくないよくない。というか、よいと決めるとここで話は終わってしまう。

その後本書は、世耕弘成議員(@SekoHiroshige)の巧妙なビジュアル戦略などを詳しく紹介している。
→→→巧妙な、という言い方は悪者視したかのようなわたしの言い方で、西田氏はそんな言い方はしていない。

その他、ほんとうに詳しく微に入り細に入りいろいろと書いてあるのである。
が、その大方はITテクノロジーの進歩ってすごいよね、って話であって、人間の何か、政治家のものの考え方が、すごいってわけではないと思う。つまり、アップル社とかマイクロソフトとかgoogle社がすごいねえってことにすぎないのだ。

モンダイは、野党の連中が、ぜんぜんこの事態に付いていけていないってことにある。

自民党は付いていっている。
(その方法は本書に詳しい。せめて野党はこれを読んで勉強すべき)

かたや政府に対して劣勢となったマスメディアは、これらの技術の進歩に対してどうだろう? あまりはかばかしく付いていっていない。

が、マスメディアには他に大きな役割がある。本書の最後の方は大学生の話になるのだが、

 彼らの主たる情報源は、(デジタル機器やモバイルデバイスに媒介された)口コミとインターネットである。インターネットは、伝播性、双方向性、相互浸透性といった、その技術特性で、確実にメディアを変えつつあるかに見えることだろう。

憧れになるのはオールドメディア

ところが、そうであるにもかかわらず、大学生の多くが就職活動で志望するのは、圧倒的にマスメディアであり、それらの人気はインターネットメディアをはるかに上回っている。人間の行動規範や社会の習慣はそれほどに惰性的なのである。

惰性的というよりも、オールドメディアが果たしている他の役割がある、ということだ。

それは、学歴社会という秩序を守る、という役割だ。

この秩序が守られないと、まずもって予備校産業が困ることになるだろう。

ことにノーベル賞という目指す先のある理系と違って、文系には優良企業に入れるという目標以外に、とくに目玉はない。(あるかもーだけど、わたしはしらん)

本当ならそれじゃ困るわけで、このままドンドン先を走って行く技術に対して、生命倫理にしろ、ほかのなんかにしろ、きちんと論陣をはれ、思考を積み上げていかないと、人間はもういなくていいじゃん? 的になりかねない。

目先の就職のことばっか考えてていいのか、大学は。って思う。

ともかく、オールドメディアに就職した若者たちが、いづれ秩序の保持ばかりではなく、ちゃんと時代の流れに応じ、つまりは自民党のメディアすっ飛ばし作戦に負けない方法を思いついてくれるといいのだが。

その際の方法が、自民党との癒着やなれ合い、隷従であってはならない、ということだ。

下手すると、そうなりかねないので、若者たち、そこんとこヨロシクだ。


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失われた20年を研究する。もしくは「答え」ばっか出しててもしょうがないじゃん

記事の分類:家計と暮らし社会系

この下にあった表を別のページに移した(16日)


 

前回、毎日新聞の「失われた20年インタビュー」から「就職氷河期とコレカラ」へ情報を付け足した。

インタビューされてたのは、小泉政権時代(2001~2006年)と、つづく第一次安倍政権とその次の福田政権で経済財政担当をしていた、就職氷河期のもうひとつの渦中の中心にいた人。

渦中の渦中にいた氏ーーー大田弘子・元経済財政担当相ーーーの言うことだから、もっと詳しく見てみた(別ページの表)。
そのあと、このシリーズの他の人、藤井裕久・元財務相の話しも読んでみた。
いろいろ言っていたが、唖然としたのは、以下の文だ。

--藤井さんは1932年生まれで、大蔵省(現財務省)に入省し、政治家になる前は高度経済成長期の大蔵官僚として働いていました。

藤井さん (略)そのころの僕たちが何でこんなばかな働き方をするかっていうと、結論は一つなんですよ。ヨーロッパに追いつき追い越せ--これだけだったんです。GNP(国民総生産)がね、まず昭和41(1966)年に確かフランスに勝った。42年にイギリス、43年に西ドイツに勝った。

西ドイツに勝ったことは本当によく覚えている。43年というのは佐藤内閣でした。そして、このあたりが変わる時期だったんですよ。池田勇人首相は高度成長、所得倍増計画、月給倍増ですよ。
(略)
その後、日本は国の進む方向を明確に示せなくなった。福田赳夫内閣のとき、G7(先進7カ国)で「機関車論」というのが出てきて、ドイツと日本は機関車になって世界の経済を回せと言われた。福田さんは「おい、じゃんじゃんやって伸ばせ」と言って7%成長を目標にしていましたけど、全然できない。福田さんが悪いんじゃないんだよ、すでに社会情勢が変わっていた。そのころから、実は日本は成熟社会に向かっていたんですよ。

「経済成長は際限なく続くのではなく成熟社会になっていくのだ、日本もそうだ」と言いたいらしい文章であるが、「ヨーロッパに追いつき追い越せ--これだけ」が動機でひたすら経済を成長させてきた、と、堂々の告白

他にも大事なことはあったろうに、そっちのけだったってことだ。
そんな動機で成長してたら「国の進む方向を明確に示せなく」なるのも無理もないし、第一あとの人が困る。

何が他の大事なことか? たとえば教育がある。わたしが小学生くらいの時から、「答えを出させる教育ではなく、問題を発見(or提起、作成)する力こそ育てなくてはならない」と言われていた。が、それが進んでいる印象を受けたことは一度もない。

昭和40年代の人もその時その時で答えを出してきたんだろう。特に、一番分かりやすいヨーロッパへの対抗意識という答えは、学歴や性格に関係なく理解も共感もできる便利な答え(方便)。けど、そのときに、次の時代のために問題を提起して準備をしておいてほしかった。

少なくとも、「その問題(提起、作成、発見)すごいじゃん!!」と思わせる人がリスペクトされる、とか。

今の日本社会を見てても受け身で答えを出すことにばかりに汲々としている。

ほんともう、いいよって。それぞれの答えがあるのは分かったからって感じ。

それはネット時代になってさらに加速。幸か不幸か、自分の答えを補強する材料、もしくは答えを出すためのヒントに事欠かないのがインターネットだから、なおさらだ。気の利いた答えを披露しては悦にいっている。しかも、他人をバカにするための人も目立つ。

(確かに、昔正しいとされた答えが今では違っていることは非常に多い。なので、有意義な情報としての答えもあるのだが)

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就職氷河期とコレカラ

記事の分類:社会系

就職氷河期とコレカラの、省略していた2025年~2045年の20年間をちゃんと下に付け足しました。

さらに1997年の欄に、専門家の説明(失われた20年インタビュー-毎日新聞)から情報を付け足しました。

長期的な時間軸を眺めていると、なんとも深い感慨が浮かびます。たとえば「就職氷河期とコレカラ」の中に41歳が二回出てきます。

一度目は1997年に大学を卒業した若者として。

二度目は2025年に新卒になる若者の、その親として。

しかしそれは、28歳で親になっていたとして、です。

未来はボンヤリとして不確定なものですが、今現在で決まっている面もあるのだなと思いました。

また、1997年にうまく就職できた者だけが2025年に親として再登場している、というのでは不公平の極みであり、なんのための政治で、なんのための税金徴収なのか解りません。

上記インタビューの大田さんの言う、「危機意識を共有しなければならない」に、思わず賛同せずにいられないです。


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※28歳という年齢は仮定的に設定したもので、絶対値ではありません。また「親になる」ことを負ではなく正の方向と「決定」して論の「軸」にしております。

ラジオで「ブラックバイト」について聴いた

記事の分類:社会系

夕飯時にラジオを聴いていたら、大学生を襲うブラックバイトの恐怖についてやっていた。
ブラックバイトとは、例えば、正社員と同じくらいの仕事量や責任を押し付ける、あり得ない残業量、制服などを自腹で買わせるなど。大学生は就労経験が少ないから、「仕事とはこういうものなのか」と思い、従順になってしまいがちと。
さらに、昔の大学生は趣味のための小遣い稼ぎであったが、今は、バイトしないと大学の学費が払えない、つまり大学に通えないからバイトしている。

それなのに「学校に行く暇があるなら仕事に来い」というトンデモ理屈で働かせるというのだから、たまったもんじゃない。大学に通うためのバイトのために大学に通えなくなる、というのだから。

さらには、就活のための活動や面接をしようにも、「そんな暇があるなら仕事に来い」で行けないケースもあるという。そんなで就活しそびれた学生は、結局ブラック企業に就職する確率が高いというのだから、どこまで負のスパイラル。

一緒に聴いていた末次郎は、恐怖を振り払うかのように、「そんなところ逃げちゃえばいいのに」と単純かしていたが。

おそらく逃げる、こともできない何らかのレトリックやブラック心理学めいたものを用いて罠にでもはめるような働かせ方+本人も生真面目+せっぱつまって金が必要、などの要素が重なり合うのだろう。

おそろしいことだ、金がないということは、そしてそこへつけ込まれるということは。

★ ★ ★ ★

もしもここを読んでる人で、「自分がブラックバイトをさせられている」と思った人は、誰かに相談しよう。

相談相手がいなかったら、市役所とかに該当する課がある。

大学にも該当する窓口があるはずだ。

ブラックバイトは、犯罪。

断固としてそういう意識を持っていよう。

ツインテールの女子高校生が「カードゲーム、超やりたくてしょうがないんだけど」と電車の中で言った

記事の分類:社会系

昨日、友人の見舞いに十条に行った。
その時に乗った電車で、側に立ったふたりの女子高校生の話しが耳に入った。
ツインテールの小柄な女子が、ナントカというカードゲームについて話していた。
「・・・・略)カードゲーム、超やりたくてしょうがないんだけど」

相手の背の高い方の女子は、そのカードゲームを知らないのか、知ってても興味がないらしく
「あーー・・・ なんとかかんとか」
と、熱のこもらない調子で返事をしていた。

わたしはツインテール女子の放った矢が、相手の歓心の的を大幅に外れたのを感じてちょっと気の毒になった。
わたしの時代ならば、十中八九
「やろーよ、どこでやる? 誰を集める?」
という流れになっただろうからだ。

しかしその子はそれでへこたれなかった。引き続き普通な調子で話しをつづけ、面白い担任の話題で相手を少し笑わせていた。

娯楽が多岐多様に分散している今の時代は、話しをするのも大変だ。

かといって、昔のようにみんなが「八時だよ 全員集合」を見ていた時代には戻れないし、実際無理だ。わたしたちにできるのは、諦めない、ということだけである。

案外と相手も、「あの時、あの人が言っていたの、これか」と思い出していることがある。

そばで聞いてて「ツインテールのこの子、若いのに偉いな、大人でも出来ないこと多いのに」と、感心したひとときだった。


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ただそこまでで力尽きたのか、ネタが尽きたのか、この後沈黙になってしまったけどネ・・・
でも、それでいいのよ、沈黙を恐れ過ぎちゃダメだし