衆議院選挙2014を振り返る。もしくはこれからの民主主義のために

衆議院選挙2014 – Yahoo!みんなの政治 より拝借した。
最終結果は、野党150 与党325

 前回「(投票の)判断材料になりそうなソースがあったらgoogle+に+したい」とupした割には、あんまり+できなかった。理由は飲み杉である。めんごめんごm(^-^)m

 今回、参照メディアとして本気でテレビが外れた(見なかった)。テレビが嫌いという感情的理由ではなく、ケーブルテレビを解約後地デジのアンテナを買えず、物理的に見れなかったのだ。そのため判断材料はツイッターと一部ネットと東京新聞くらい。「ポリタス」はちょっと見たかな。さっきも「どうしても投票することができませんでした」という、岸田さん(38)という方の文章を読んだ。「今回の選挙に関する報道を観ていると、経済政策、という言葉の独り歩きに対して少なからず疑念を抱いております」と書いてあった。

 だから、そこがまず間違ってンだよ。いつまで「報道」「報道」言ってりゃ気が済む? (報道と言ったら通常マスメディアの事だろう) マスメディアには守らねばならない既得権益があり、既定路線を外れることはない。マスメディアは巨大企業なのだ。つまり岸田氏は「報道」ではなく「ポリタス」を見て判断すべきだったのをしなかった、ということ。だから、岸田的にはポリタスは敗北した。

 ポリタスは兎も角、岸田氏はなぜ「報道」ではなくツイッターなり何なりで、一般人の主張を見なかったのだろう? あるいは自分の身の回りの人の意見や、あるいは自分の音楽を聴いている人と、考えを交わさなかったのだろうか?

 岸田氏が「経済政策、という言葉の独り歩きに対して少なからず疑念を抱い」ている理由は、氏にとって仕事とは政府の経済政策に左右される性格のものではなく、「どんな状況であれ、どんな職業であれ、自分の仕事をしっかり全う」すべき、いたって個人的なものだからだ。そこに政治などという胡散臭いものが介入する余地はない。

 その考えにわたしは反対ではない。けれど、たまには別の角度から見てみよう。もしも、多くの人が(あるいは一部の人が)非正規雇用などで、岸田氏の音楽を聴く余裕もなく働きづめだったとしたら、どうなんだろう? あるいは、岸田氏の音楽を気に入ったとしても対価を払う経済力がなかったら、どうなんだろうか?

自民に咲いた花

 わたしは別段岸田氏を責める気はないし、何の恨みもない。言いたいのは、そこらのことを、誰かと話し合ったりしたことがあるのか、聞いたことがあるのか、調べてみたことがあるのか、というあたりだ。

 なんでって、それが「民主主義」のはじめの一歩ではないのかと、思うから。

 今、かまびすしく「民主主義の危機」とか言っているが、今までの民主主義はたいした民主主義ではないので、さほど気にすることはないと思う。今までのは単に、マスメディアが、(自分らに刃を向けない範囲で)言説を集めてもっともらしく世論をリードしていただけ。しかし、インターネットの時代に入ってからこっち、マスメディアやさまざまな論にテッパンはなく、弱点や盲点がつつかれまくって、右から左から上から下から相殺されまくって、言論(つーか)は巨大な真空状態に陥った。

 それをどうするか、なんて話しには興味は無い。あるのは、非正規雇用なり下請けいじめなどで、疲弊した人が、もはやいっぺんのツイートを発信する余力すらなく、満喫で夜を過ごし、この世のどんな楽しみ(恋愛、音楽、映画その他娯楽全般、芸術全般、スポーツなどの活動、などなど)とも縁遠いまま、年を重ねているのかもしれない、という可能性だ。

 人生の途上には暗黒時代もあるので、一時期そうなっているだけならまだしも、ずっとだったらどうしよう? しかしその事は、人の話を聞かないと分からない。

 政治家も力、官僚も力で、マスコミも民主主義を代弁する形の力だったのだから、その力が弱体化したのは、確かに狼狽をさそわないでもない。

 んが、どうなんだろうねー 
今ぜんぜん「TV」を見てない感性で書いているので、見てる人との乖離はすごいかもナ。(最後てきとうな〆)

アベノミクス解散と言おうとしてバカヤロー解散と言ってしまう日々

 今度の選挙、安倍晋三首相氏は「アベノミクス解散」と自ら命名し政権の継続を強調したそうだ。対する野党はアベノミクスで格差が拡大したとして、転換を訴えたそう。

 ここらの政治話題ソースである22日の東京新聞によると、首相は解散後の自民党両院議員総会で、衆院選で消費税再増税を延期した判断の是非を問う事に関し「議会制民主主義の基盤である税制に重大な変更を行う以上、国民に信を問うのは民主主義の王道だ」と述べた、という。

 その数日前の新聞もついでに見ると、

安倍晋三首相は18日夜、首相官邸で記者会見し、来年十月に予定されている消費税率10%への引き上げを2017年4月まで1年半先送りする考えを表明した。再延期はしない方針も示した。その上で、増税延期の判断について国民に信を問うため、衆院を21日に解散すると明言した。これに先立つ自民党臨時役員会では、衆院選の日程を12月2日公示、同14日投開票する方針を伝えた。
引用元:19日の同新聞

 時間軸が前後してるけども、ともかくそういうことらしい。一方、人々(あと朝日などのマスメディア)がこの解散総選挙は大義がないとし批判。するとそれに対してバカじゃねえの? あるんだよ!!とコケにする主張が発生した。(参照:衆院解散「大義なし」批判は財務省からのアメを失った増税派の遠吠えにすぎない!)(穏当なラインではなぜ記者はこうも間違うのか!? 消費増税見送り解散&総選挙には大義がある (2014.11.14)

 これらの主張は、面倒くさいことを省いて言うと、財務省と果敢に戦う安倍首相氏を印象づけた。

 次に現れたのが、<この解散って憲法違反だよ、憲法違反の首相でどーすんの、誰も聞く耳持たないだろうけどさぁほんとにもーー>といった嘆息混じりの控えめな主張であった。(参照:VIDEO NEWS首相はいつでも好きな時に衆院を解散できるわけではない ?

 確かに、国民の投票で選ばれた議員をそうそう簡単にクビにできるって変だよなあとは思っていたけど……※

 とばっちりだったのは子育て政策のキーパーソン駒崎さん。自身が取り組む支援策には消費税が紐付けられているため、消費税10%もやむなしと言ったとたんに、変な人たちからもう攻撃を受けていた。

 攻撃をした変な人たちっておかしくない? 自分の置かれた状況、自分の信念、自分のやっていることを基準にして意見するしか、方法ってないのに。簡単に言えば、消費税10%賛成と言って何が悪いのか?

 攻撃をする人の置かれている状況が何なのか調べても、ほとんど見えてこない(5分程度しか調べなかったとはいえ)。たとえばこういうのならまだ分かる。→製造業をやっている立場から増税されると工場がつぶれる、今婚活しているが年収が上がらないから相手にされない(ほんとにそれだけが理由かは兎も角)、新婚だがいつまでも子供を産めないでいるのは消費税のせい。あるいは自分は財務省が憎い。財務省はこうこうこうだから増税を望んでいる。その望みをかなえたくない、というレベルでも良い。なんらかの主張すべき正統性がなんもない人が、単に欲求不満のはけ口的にわめいている、としか見えないのだ。

 武器としての経済学を中途半端な知識でふりまわす人って貧しいなぁと思う。そんな性根じゃいくら景気が良くなっても貧しいものは貧しいんだよ。景気のせいにするなって感じ。


 そういえば官僚と戦う安倍晋三という話は、前回首相時にもあった。わたしの拙過去記事「田原総一朗さんて、いったい何?」が、「 安倍政権の倒閣を企てた官僚たちの二重クーデター 2007年7月19日」を紹介している。官僚の天下りは、当時たいへん問題視されていた。今も財務省はさまざまな既得権をもつ(と思われる)ムカつく連中には違いないけど、そこを投
票の判断材料にすべきかどうかは、悩みどころだ。


このあと、12月14日の投票日まで、判断材料になりそうなソースがあったらgoogle+に+したい。(コメント書いていると時間をくうため)


※こういうの聞くと、日本て(しょせん)アジアなんだよなーーと思う。当方、K-POPの贔屓スターのツイッターや記事で韓国や中国の人の反応見てるから、けっこうアジアに詳しくなった。
(最近C-POPってのも出てきたけど、最後まで聞きとおせた曲はない。今んとこ)