謝罪を求めたキャンペーンの行方、どうなった!?

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8日の日に、野上春香さんという女性が起こしたキャンペーンの紹介をした。某アナウンサーの人権侵害に怒り、「ブログでの謝罪」を求める署名キャンペーンだ。もちろんわたしも署名した。

あれから二週間以上が経過した。キャンペーンが成功したのかどうかの確認と、さっきあらためて(つーか初めて)某アナウンサーのブログを読んだので、記録する。
そのついでに、今は人工透析になって職場を去った元同僚にして供に暴飲暴食した仲である、わたしの友人Iさんについて記していこう。

わたしが読んだり参照した記事

野上さんがハフィントンポストのインタビューに答えている記事

野上さんと某アナウンサーの対談記事。ハフィントンポスト

アリとキリギリス 童話 | 昔話童話童謡の王国

謝罪したはずなのにタイトル変えてまた載っけている、アナウンサーの記事

アナウンサーの謝罪文(どれだかわかんなくなったのでリンクなし)

「バカ老人」のために若者から金を搾取しているという主旨の、アナウンサーの書いた記事

健康の自己責任論は不毛 公衆衛生の立場から:野上さんが紹介していた記事

結論を言うと、アナウンサーはブログでの全面謝罪はしている。なので、目的は達したと言える。

(と、思ったらぜんぜん違ってて、唖然とした。→後述)

謝罪をした・しないよりも、野上さんがアクティブにインタビューに答え、あまつさえアナウンサーと対談までしている。ほんとなら顔を見るのも、そばで息吸うのもイヤだろうに、丁寧な姿勢で臨んだ対談だ。

対談を読んでて思い出したのは、熊谷晋一郎さんが相模原殺傷事件についてコメントした東京新聞の記事だ。氏は、植松容疑者に関しこう言っていた。

 事件が起こる前に、植松容疑者に「気持ちは分かるよ」と言って受け止める人がいれば、違った結果になったのではないかと思う。人間は時に、いびつな感情を持つものだ。しかし、独りぼっちにしないことで危険は防げる。危険な人ほどかかわりが必要なのに、すぐに精神科医療の対象にしてしまうのはわれわれのコミュニティーの懐が狭くなっているからではないか。

2016年8月27日 東京新聞「乗り越える」—相模原事件—
孤独と危険  隣り合わせ
異なる意見を排除せず聞くことが重要!! と書いてあるイラスト

異なる意見を排除せず聞くことが重要!!

これには頭が下がった。「気持ちは分かるよ」のその気持ちって、障害者は役に立たないから殺すとか、そういう「気持ち」なのだから。それでも排除しない、ということ。排除すれば余計に危険だということ。逆に言えば、独りにせず、共感をもってかかわれば、殺すベクトルから逆方向へ向かせることは可能であると、言っているのである。

ま・・・・そう考えると某アナウンサーへの安易な排除は感心しないなと思い直した。
事実野上さんも、排除的態度ではなく、真剣に問いかけ、真剣に説明していた。

当方もここらへんまで来て、アナウンサーのブログをチラ見してみようかと思い、イヤイヤながら読んだ。まず目に飛び込んだのは、他人が論評した自分について書いたものを、「的確に指摘してくれた」と興奮気味に語っている記事だった。曰く「長谷川氏は『ブログジャンキー』だったのではないか」と言う中嶋よしふみさんの指摘があまりに的を射ていて驚いた」というのである。いやもうのっけからどうでもいいやって思った。

念のため中嶋氏の記事もざっと読んだが、予想以上に長々と書いてあって、世の中には親切な人もいるもんだと思った。

それは兎も角、よくよく見ると、謝罪したはずの問題の記事へのリンクが堂々と貼られてあった。しかも、「タイトル変えたけどあとはそのまま」と、自分でも書いていた。あと、「「自業自得」とはっきり判断できるレベルの人工透析患者など、全額自己負担にせよ!」と大きな太字で力説する他の記事もあった。アナウンサーが言いたいのは「(2型糖尿病や高血圧なのに)医師の言いつけを守らず食事制限を実行しない自業自得」ってことなんだろうけど、それと「ブログジャンキー」であることって、ほとんど同じじゃない? ブログ書く方が高級には見えるけど。

ただ、この人のブログのコメント欄は、すごい熱の篭もったナイスな書き込みが大変に多くて有意義だ。
この有意義さを生み出せたのは、紛れもなく長谷川某なので、それは見事だ。

さらに、実に変な転がし方をする人で、最後の最後は「透析患者を減らすために、自分は腎臓移植の普及に向けて尽力したい」と、言い出しているのである。

腎臓移植については野上さんとの対談でも言っており、野上さんはそれに対しては賛意といっていい反応をしていた。つまり、あながち見当外れなご意見でもないようなのだ。

それで調べると、日本の人口に対する人工透析率は確かに世界一であり、腎臓移植の数は大変に少ない。

腎臓移植が普及しない理由とは何なんだろう? ドナー登録者が少ないからなのか。

もっとも、この人に言われて調べるのも癪にさわる展開だ。コメント欄にも「あなたの意見は聞きたくない。3年は黙っててください」というのがあって、首肯。腎臓移植の普及を提案したいなら、他の方法があっただろうに。(というコメントももちろんあった)

なんにしてもこの人の論法は、片方に悪者もしくは加害者を作り、片方に被害者を作る。
自業自得論を持ち出すのも、それが一番解りやすいからだろう。責任の所在が本人ならば、それ以上考えずにすむし、そこで完結する。

キリギリスは餓死しなければいけないのです。でなければ、アリさんはやる気を失うのです。やる気を失ったアリさんがキリギリスに変身してしまうのです。それは当然の流れなのです。だって、人間の脳は「出来るだけ怠ける方向に」動くように出来ているからです。

タイトルだけ変えて本文は同じ記事の最後の方だ。

蟻=コツコツ働き社会保障費と税金を毎月支払う勤め人で、「自業自得」の結果の何か(病気や貧困など)を持っていない、福祉の世話にもなってない人。

といった意味なんだろうけど。
それだと、アナウンサー、キリギリスじゃない? 炎上芸で目立とうとしたり、そのあげくテレビを降板するという生き方は。

で、アナウンサーに教えて上げたいのは、「キリギリスでも生きていける社会にしよう」「いろんな生き方を認め合いながら快適に生きられる社会にしよう」「蟻だけが正しい、みたいなガチガチに固まった考えではなく、「揺らぎ」や「遊び」のある社会にしよう」というのが、今のトレンドであり、今社会が向かうべき方向はそっち。そのために多方面の人が鋭意頑張っている。


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わたしの友人のIさん。彼女、大の酒好きだもんだからわたしも一緒に飲みまくった。けど、わたしは腎臓も肝臓もなんともない。彼女は今透析はじめてまるまる1年くらい。

Iさんはもともと本態性高血圧がひどかった。加えて双極性のケがあって、テンションが高くなると制御できない一面があった。双極性の方は、なにか薬の副作用かもしれないし、よく分からない。

Iさんの性格は、いい意味でも悪い意味でも、他人のことを放っておけない。いちいちと細かい人のミスや筋の通らなさに反応しては、感情的になっていた。

盲目だったという両親が、高校生のときに相次いで亡くなったため、Iさんの世間に対する気の張り方も、尋常じゃなく、隙がなかった。

なのですぐにストレスがたまる。ゆえに飲まないでいられない。その衝動の強さがハンパない。
わたしにはそもそも、さほど飲みたいという衝動はない。人のことなど特に気にならないから、ストレスもたまりづらい。
なので普段はあまり飲まない。
わたしが「コントロールが利く立派な人」なんじゃなくて、最初から衝動がないのだ。(さほどは)

これでIさんを「自業自得」と言うやつは許せない。でも、そういえる面もあるのは確か。けどそれを言ったらわたしも一緒になって飲んでないで、もっと注意してればよかった、という後悔はものすごいある。ちょうど二年前にパッとしない日記。O君編を書いたけど、あの頃はもうかなりヤバイなって感じだったから、「行かない行かない、ぜったいに行かない」と,飲み会に誘ってきたIさんに言ったのだった。わたしが行くとなるとぜったいに付いてきてしまうから。3回くらいあったO君の送別会に、どれも行けなかったのは、そういう事情。

なんも、自分をいい人ってことにしたいわけじゃない。

なんでって、このときはもう手遅れに近いくらい、事態は進行していたから。

今、彼女が生きていてくれて良かったと思う。昔だったら、とうに亡くなっていた。

野上さんもインタビューで「人工透析は多くの死者のうえに成り立っている」のだと、言っていた。

自己責任だろうがなんだろが、家族や親しい人が腎不全で亡くなる悲しみを減らすために、この技術は発達したはずだから。

それは、今腎臓がなんともない人にとっても、いつかそうなった時の安心感につながっている。

といっても、人工透析が大変なのはそうとうに大変で、Iさんも「一年たって透析の大変さがわかってきた」と、言っていたっけ。

ならんにこしたことないし、ならんように意識するとしても、なってしまったら仕方ない。与えられた時間を少しでも楽しもう。いっしょに。

さいたまトリエンナーレ。武蔵浦和駅から歩いた時の写真。「時間をあげよう」と書いてある

花と緑の散歩道にて

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4 Comments

  1. 石原健

    change,orgキャンペーンでの野上春香氏の立場は一貫しており、国民皆保険制度をはじめとした公共福祉適用の普遍性を訴えるというスタンスに変わりはありませんし、私も深く共感するところです。

    しかし、キャンペーン内で自民党小泉進次郎氏らの提案した、健康保険ゴールド免許等に対し質問を送りました。という告知がなされた途端、野上氏バッシングが開始されます。
    野上氏はキャンペーンの趣旨を逸脱して政治利用したというのです。

    バッシングに関わる人々は、野上氏ならび擁護をするコメントに対し執拗に攻撃し、罵倒嘲弄といった目を覆わんばかりの状態も散見されます。
    政権与党代議士の名前が出た途端の、この掌の返しようには私は少なからず違和感を覚えますね。

    私にはバッシングしている人々のほうが政治的意図による横車を通そうとしているように見えるのですが、一度現在の成り行きをchange,orgキャンペーンのコメント欄で確認されることをお勧めします。眉をひそめること請け合いの光景が見れますよ。

  2. annaka

    石原さん、コメントありがとうございます。
    change,orgのコメント欄を2000件までは開いたものの、どこまでいっても「1ヶ月前」で、
    「野上氏ならび擁護をするコメントに対し執拗に攻撃し、罵倒嘲弄」する言辞まで辿り着けませんでした。またあとで見たいと思います。

    野上さんとしては、長谷川氏の、良い透析患者と悪い透析患者を線引きして悪い方を断罪する、そのやり方と「健康保険ゴールド免許」が相通ずるため、質問を送らねばならなくなったのでしょう(推察)。

    キャンペーンを始めた以上、つながっていることにも関心をもち追求していくのは、当然だと思います。
    政治利用なんかじゃないでしょう。

    どこにでも本筋から外れたバッシングをする人って多いですね。
    「健康保険ゴールド免許」だって、死因の上位が自殺であることを考えると、国民を「いい子」にさせるんじゃなくて、社会制度や政治が努力することが多いんじゃないでしょうか。

    参照
    厚生労働省:死因順位(第5位まで)別にみた年齢階級・性別死亡数・死亡率(人口10万対)・構成割合 http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth8.html

    上位というか、20ー40代では一位

  3. 石原健

    とんだお手間を取らせてしまいました。正確にはコメント覧じゃなくて”ディスカッション覧”でした。私が申し上げたかったのは、change.orgキャンペーン各進捗報告の下段のほうの書き込みスペースでの討論を指します。
    「小泉進次郎氏の提案について」、のディスカッションから荒れ始め、離脱を扇動する人が出てきまして、最後の「署名の辞退について」のディスカッションで大荒れ模様となります。

  4. annaka

    こちらこそ、気づかなくてすみませんでした。
    ディスカッション覧は、野上さんがchange.orgにメッセージを追加するたびに開設されてたんですね。
    で、そのたびに「野上氏ならび擁護をするコメントに対し執拗に攻撃、罵倒嘲弄」が起きてますね、本当に。
    ひどい惨状です。

    このキャンペーンも、当初目標「ブログでの謝罪」が成功したのかどうか。そこの結論を出した方がいいかと。

    ◆結論=謝罪そのものは行った。しかし、それは口先だけで、タイトルを変え本文はそのままにしている。
     なのでうわべだけの謝罪である。

    こうなると(というか最初から?)、長谷川氏という人の人間性のモンダイなので、これ以上どうにもならないでしょう。
    と思ったからこそ長谷川氏という枝葉末節は捨てて、「保険証ゴールド免許」の方へ行ったのかも。

    しかし、こういうのを見ずして「謝罪を求めたキャンペーンの行方」を確認したとは言えないため、石原さん、ありがとうございました。

    にしても、妄想爆裂して「野上さんの存在自体を疑う」とまで言いだしたり、バッシング自体が目的化している人が、フェイスブックのID限定欄でも起きるんですねぇ。こういうのも「モンスター」の一種なのでしょうか・・・・

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