レビュー2019

劇の感想

ゴーリキーの戯曲『どん底』、調べると書かれたのは1902年冬~1903年の春。
時期的にいって、社会主義国家が生まれる前、胎動の中にあるような作品だ。
当方、1980年に高校を卒業。ソ連の消滅は1991年12月。
公教育のすべてを冷戦時代下に過ごしているのに、「ゴーリキー」という名前くらいは知っていたがまったく読んだことがなかった。
むろん、演劇も見たことない。
たぶん、かなり上演されたことのある戯曲ではなかろうか。

演出によって、いくらでも暗い、陰気な舞台になりそうな劇。
実際、1954(昭和29)年4月「芸術新潮」に載った「岸田國士 『どん底』の演出」 には

私の腑に落ちない点は、日本の「どん底」は、なぜこんなにじめじめしてゐて暗く、やりきれないほど「長い」か

と書かれている。さらに

ゴーリキイが、この作品のなかで、しばしば、時は「新春」だといふことを見物に想ひ出させようとしてゐるのは、それと関係はないだらうか? 象徴とはさういふものではないか。強ひてイデオロギーの有無に拘泥しなくても、戯曲「どん底」は、長い北欧の冬からの眼醒めを主題とする希望と歓喜の歌が、この、辛うじて人間である人々の胸の奥でかすかに響いてゐるやうな気がする。ゴーリキイは、「どん底」の人々の誰よりもスラヴ的「楽天家」なのである。

「明るい」「春」「希望と歓喜」「楽天家」

そこまで言うなんてスゴイな。ひょっとして経済的に恵まれた人だった可能性もある。ともかくそういう印象を持った人もいる、というのは興味深い。

さて今回の『どん底』であるが、ジメジメして暗い、ということはなかった。どっちかというとサバサバしている。
また、客席と舞台の境界があいまいになるような仕掛け。
さらに、冒頭部分で会社員らしき女性がいそいそと、嬉しそうに駆けてきて道ばたのバリケードに服を掛ける。



↑これ

大急ぎで、巻きスカートとエプロンをまとってロシアの女将風に変身する。そして、たたたと駆け上がって、演劇仲間達と集合。
これから『どん底』やるぞーと皆で盛り上がる。

つまり劇中劇っていうか二重構造になっている。劇をする劇。

ちなみにこの女性(が扮するのは)クワシニャーといって、40代かっこうの肉饅頭売りの女だ。とても威勢のいい女性。

そんな感じで進行するから、舞台装置も、鉄パイプや木パレットやコンテナで作ってある。


↑木パレット

新国立劇場の舞台美術の人なら、おちゃのこさいさいで、1900年のロシアの「木賃宿」作れるんだろうけどそうじゃないのが味噌。

そんで、皆で一生懸命「どん底」の演劇空間を作り上げていく。

その中での『どん底』をどう味わうか、どう受け止めるかと。

劇中劇とはいっても劇は劇なので、貧しいなあ、不幸なんだなあと、思いながら見ていた。あと、罵声が本当に罵声だから、つらいなあと。
アンナという女性が弱り切って横たわっているんだけど、「生まれてから死ぬまでずっと不幸だった」と、ストレートに言っていた。
ルカという、この共同体の中では客人的立場のおじいさんがアンナの話を聞いてあげて、慰めていた。

ルカが、このフラットな関係の中で一番目立っているっちゃ目立っている。服装も日本の時代劇の着物を着込んできたりして。

今の時代って、ものすごく役に立つ言葉、メンタルに対して即効性のある言葉が喜ばれる。お悩み即解決みたいなやつとか。

ルカも、それに近い啓蒙的なポジティブな事を言うには言う。のだけど、力強くはない。積極性がさほどない。断言的ではない。

なので、大きな影響力はないままどっかへ去って行く。ちなみにルカが何を言ったかというと「真実」がどうの、とか「人はより良きもののために生きる」とかで、「より良きもの」 というのが相当なキーワード感。

ルカがいなくなるといかさま師サーチンがルカの口癖をちょっと真似るようになる。この人もいたって威勢のいい男で、声がでかいし、いかさま師ならではの口の巧さがある、

であれこれ言ったあげく、橋桁みたいなコンクリートに大きく「人 間」と書く。
「人 間」と書きながら色々言っていたが、全体に嘘くさいのは嘘くさい。

そうこうしている間に

彼、彼女らの演じる『どん底』はクライマックスを迎える。

この時、「我々」「同志」としてのコミュニティの歓びが沸き立つ。というか沸き立ちかける。沸き立ちかけて脱臼し、沸き立ちかけて頓挫し、沸き立ちかけて錯覚のようになる。

彼、彼女らは、「我々」「同志」としてのコミュニティの歓びを頓挫させる、という演劇空間を成立させる。

という表現でよいのか、わからないが、今ふりかえって思うに、そんな感じなのだ。

それはちょっと寂しい感覚だった。そして、ホッともしていた。

それでも「人 間」という言葉がコンクリートに残った。


と。

劇が終わって新国立劇場を出ると、目の前に70歳近い男性が歩いていた。スーツとスニーカーの。
新国立劇場は初台駅と直結しているから、行き先は駅しかない。
この人は、この舞台に満足しただろうか?
この人も、くすぶるような寂しさを感じたのじゃないだろうか?
いやさ、それとも「元気」をもらったのだろうか?
まったく解らない。想像もつかない。
聞いてみたら「ゴーリキーってのはなあそうじゃないんだ!! 俺たちは理想の社会主義国家を作りたかったんだ!!」と言うのだろうか?
いやいや、仮に思っていても、それを言うほど打ち解けるのには相当時間がかかる。
だから言わないだろう。

まあ、思っていたとして、だけど。

なんかなー聞いてみたいなー!!

どん底の登場人物


ミハイル・イワーノヴィッチ・コストゥイリョフ
   54歳、木賃宿の亭主。
ワシリーサ・カールポヴナ
   コストゥイリョフの女房、26歳。
ナターシャ
   ワシリーサの妹、20歳。
メドヴェージェフ
   ワシリーサとナターシャの叔父、巡査、50歳。
ワーシカ・ペーペル
   泥棒、28歳。
クレーシチ・アンドレイ・ミートリイチ
   錠前屋、40歳。
アンナ
   クレーシチの妻、30歳。
ナースチャ
   売春婦、24歳。
クワシニャー
   肉饅頭売りの女、40代かっこう。
ブブノーフ
   帽子屋、45歳。
サーチン
   40代ぐらい。
役者
   サーチンとほぼ同年輩。
男爵
   33歳。
ルカ
   巡礼者、60歳。
アリョーシカ
   靴屋、20歳。
クリヴォイ・ゾーブ
   荷かつぎ人足。
だったん人
   荷かつぎ人足。「だったん人」とはタタール人の意、ロシアにおけるイスラム教徒のこと。

ほかに、名もなく台詞を持たない浮浪人数人。

出演者:立川三貴 廣田高志 高橋紀恵 瀧内公美 泉関奈津子 堀文明 小豆畑雅一 伊原農 鈴木亜希子 谷山知宏 采澤靖起 長本批呂士 クリスタル真希 今井聡 永田涼 福本鴻介 原金太郎 山野史人

演出:五戸真理枝