映画『ドクター・デスの遺産―Black File―』は安楽死議論をミスリードする有害な映画か。それとも無害か。

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昨日映画館で『ドクター・デスの遺産―Black File―』をみた。

見始めてまず思ったのは、「これは安楽死議論をミスリードしてしまう有害な映画だ」だった。

というのも冒頭が、在宅医療でガンの末期を過ごしているお父さんがドクター・デスによって殺されてしまう、というもので、依頼したのはお父さんの妻、通報したのは息子の大地くん。

「在宅医療の前に緩和ケアを受けられなかったのか? 貧困で受けられなかった、ということなのか? それならばこの問題は安楽死ではなくて、貧困、もしくは、ガンの末期患者を支えられない日本の医療制度の方じゃないのか」

というのが、見てて思ったことだ。

しばらくして、捜査員たちが保険の話を行い、お父さんの死によって家族に入ってくる保険金は「10万円」だという話になり、一同が少なっ!と驚いていた。

ここで保険の話が出た意味が分からない。

わたしには、「ガン保険に入っていないと大変なことになるよ」というメッセージにすら聞こえてしまい、この映画会社(日テレ)はいちいちと保険会社に忖度して映画を作っているのだろうか? と疑問になった。

これらのことは、金、の話であって、安楽死とは直接は関係が無い。

『ドクター・デス~BlackFile~』は何が言いたいのかよく分からないまま、安楽死という言葉だけが軽々しく乱舞する映画で、現実社会で、真に安楽死を可能にする制度を求める人への目配りは皆無だ。

それでいてタイミング的には、今年8月に起訴された嘱託殺人の医師2人を連想させる。(京都新聞
(殺害そのものは昨年11月30日)

あの事件の被害者兼依頼者である林優里さん(当時51歳)は8年間ALSという難病に苦しみ、進行性ということもあり、全身の中で唯一動く眼球を使っての意思表示(視線入力によるテキスト出力)すら出来なくなる前にTwitterで知り合った医師に自身の安楽死を依頼した。

お金がないことや、家族に負担をかけること、ガンの末期の苦しみといった理由(ガンの痛みを緩和する手段は存在している)よりも、はるかに切迫して安楽死を求めていたのだと思う。

林さんの関わるリンク
ALS患者 タンゴレオの挑戦 ー安楽死を認めて!-
2018、19年に書いたブログ

tangoleoさん (@tangoleo2018) / Twitter
2018年から始めたTwitter。境遇の近い人や応援者と交流しつつ、自身の内面や事情も、伝わるよう配慮しつつ綴っている

ALSの『感情失禁』と『情動静止困難』、知ってください‼️ – アゴラ
Twitterで林さんがぜひ読んでと。

尊厳死とアドバンス・ケア・プランニングをめぐるフランスでの国民的論争から(奥田七峰子,森田達也) | 2019年 | 記事一覧 | 医学界新聞 | 医学書院
ブログからリンクされていた。フランスの安楽死論争の顛末。

筋萎縮性側索硬化症の緩和ケア─薬剤師の関わりを中心に─
同じくブログからリンクされていた。(後述)

つまり、冒頭のお父さんが安楽死させられるエピソードには、自分で自分を死なせたくてもそれを行える身体能力がないことが、明示されるべきだったと思う。

(それが行えるだけのお金がないことに関しては、ドクター・デスは無報酬で請け負っている、という説明あり)

35人も「安楽死」させた連続殺人犯・ドクター・デスの捜査班の人数がやけに少ないのとか、刑事の犬養がすぐに物に八つ当たりする単細胞なのは、この際目をつぶるとしても、安楽死を求めざるを得ない状況とはどんな状況なのかをもっと絞り込まないと、単に「なんとなく死にたい」程度の人や、なんなら自殺する能力のある人まで視野に入るのでは、安楽死像がぼやけるばかりだ。

それでも本編、安楽死議論の中核にからむ場面もあった。

というのも、日本で安楽死議論ができない理由は、「家族や周囲への迷惑になるから死にたい」、という人が現れてしまうことだという。※2

安楽死は、「本人の意志」であることが絶体だ。
海外の事例でも厳格にそうなっている。しかも、何度もクールダウンの時間をおき本当に死にたいのかが確認される。いくら肉親・家族・恋人であっても、本人以外の意志であってはならない。

欧米人には「自分の意志」というものがハッキリとあり、人の迷惑は考えない。なぜなら、その人も「自分の意志」で介護や支援をしているのだから。

自分の意志が明確には存在しない日本人の場合、安楽死議論を始めるのに無理がある可能性がある。という。

本編では、シークレットキャストの俳優某さんが、犬養の娘で腎臓病を患っている少女に向けて、ジワジワジワジワと、死んだ方がいい理由を洗脳するシーンがある。

理由の最大のものが、「おとうさんの、ふ た ん になってるのよね・・・・」 といったもの。(他にもあるが、わたしは書きたくない)

人のレビューみたら、「このシーンは同じ病気を持つ人にとって残酷すぎる」と静かに抗議していた。本当にそうだと思った。シークレットキャストの演技が真に迫っているだけになおさら。

もしも、このシーンを入れたいのならば、このシーン以上の尺と熱量でもって、対抗するロジックと感情を表現しなければならないはずなのだ。

結局犬養の娘=とても演技のうまい子役! が「私は本当は生きたい」と言ってくれた。生きたいという「自分の意志」を示してくれた。
なのでほっと安堵したとはいえ、シーンの時間が短いし、なんだか中途半端。

それにしても、困難な病気を抱える人が「(それでも)生きたい」と言ってくれるとき、元気をもらうのはこちらの方だと思う。

林さんの嘱託殺人事件以降、「死ぬ権利よりも生きる権利を」と主張された。(例:【京都 ALS 患者嘱託殺人事件報道に接しての声明】 私たちは、医療者による「死なせる」行為は容認できません! 「生きるため」の支援を求めます

とても熱い主張だ。ただ、やや誤解があるようなのだ。

「安楽死」の推進・合法化は、高齢者、難病者、「障害者」のいのちを「価値なきいのち」として、切り捨てる道です。断じて容認できません。

さっきも書いた通り、安楽死は本人の意志によるのが、絶対だ。

なので、「切り捨てる道」のようなことは起きようがない。

起きようがないが、日本人の国民性として、人の気持ちを自分のそれ以上に気づかってしまう、さらに人に迷惑をかけたくない、負担になりたくない、というのがあり、それゆえに本当は生きたいのに「安楽死します」と言ってしまう可能性がある。

そこを怖れての主張なのだと思う。

他の意見もある。

京都 ALS 安楽死 Part 1

ALSではないがやはり神経難病を罹患しているイージーさんのブログだ。

イージーさんは、あたかも周囲の環境が整っていないから、あるいは援助者に愛情や温かさが足りないから、あるいは政治が悪いから、だから安楽死したくなるのだ、という論調には激しく疑問を呈している。

周知かもしれないが昨年の6月にNHKが安楽死を希望する女性をスイスまで同行して取材・番組化している。(彼女は安楽死を選んだ

小島ミナさんという女性だ。彼女は徐々に四肢が動かなくなり、言葉も話せなくなり、思考以外のすべての機能が奪われてしまうという「多系統萎縮症」を患っていた。その中でも彼女は周囲の愛情に十分に恵まれていた。

それでも安楽死を望んでやまなかったのだ。

イージーさんは小島さんと安楽死について、

お姉様方とそのご主人、そして医療機関によって十分なケアを受けていた。勿論、励ましも各方面から受けていた。

ご家族の負担をこれ以上増やしたくないという思いもあったかも知れないが、将来的には林優里さんのケースの様に24時間、外部のケアを受けてご家族に負担を掛けない方法は有ったであろう。

お二人とも『生きる環境が整っていたし、十分に励まされてもいた』。

それでも尊厳死を切望されていた。

何故なのか?

そこを議論して欲しいのだ。

と。

さらにイージーさんの考えはこうだ。

「私は、一足飛びに安楽死の是非を議論するのではなく、神経難病患者のQOL向上と、将来的には尊厳死につながる、神経難病患者に対する緩和ケアの環境整備の必要性から議論していってはどうかと思う。」

「2014年に書かれた「筋萎縮性側索硬化症の緩和ケア」によると、WHOが『緩和ケアはガンには限らない』言っており、英国でも緩和ケア確立当初から神経難病がその対象となっていたにも関わらず、日本においては未だに”緩和ケア=ガン”と言う考えがはびこっている。」

具体的な提案がなされている。

林優里さんのブログやTwitterを読んで思ったが、

安楽死を求めるのは、今すぐ死にたい、という意味ではなく、安楽死する権利と自由と選択肢をくれ、という意味なのだ。

思えば、健常者はじめ身体の自由がきく人ならば、生きている間に、さまざまな選択肢が目の前にあり、さまざまな選択を行いながら生きている。

仕事に関してはそう自由ではないが、余暇があれば、旅行をする、庭に花を植える、美味しいものを食べに行く、テニスをする、DIYをするetc…. そのうえ本当に生きるのがいやになって死にたくなったらみずから死ぬことすらできる。

この場合死にたいという思いは、生きたいという思いと違って、意欲ではなく、意欲の限りない消失と思われる。

しかし、林さんや他の難病の方の書いたものを読んで、難病の状況下での「死にたい」は一種の意欲なのであり希望なのであり、それがみとめられたときに、生きたいという意欲も復活し再生する。何か、そういうイメージがわいた。

緩和ケアにつながっていない現状が、不思議すぎるが、今は早く神経難病でもつながってほしい。
林さんが読んだ八本久仁子薬剤師のpdfの最後に、こう書いてあった。

がん緩和ケアから得られた知識と経験は,神経難病の緩和ケアにも共通する場合が多い.前項までに述べた苦痛症状のほか,ALS に限定しない苦痛症状もある.したがって,緩和ケアは,「がん」だけのものではなく,疾患の種類を問わない.すなわち,「がん」や「非がん」の区別はなく,「生きることを支えること」である

※1 緩和ケア:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ]

・緩和ケア病棟の入院にかかる費用
厚生労働省から「緩和ケア病棟」として承認を受けた施設の場合、医療費は定額となっています。その他に、食費などの医療費以外の費用がかかります。医療費が一定額以上になる場合には、高額療養費制度を利用して、自己負担限度額までの支払いとすることができます。なお、病院の体制などにより部屋代などの追加の料金が必要になることがあります。緩和ケア病棟の入院に必要な費用については、事前にソーシャルワーカーなどに相談しましょう。

※2 日本人への安楽死適用が難しい理由、Nスペ安楽死のジャーナリストが語る | DOL特別レポート | ダイヤモンド・オンライン

ドクター・デスの遺産 BLACK FILEのレビュー・感想・評価 – 映画.com
⇒安楽死についてミスリードされている人はいないようです。というか、共感できる感想が多い。
 演技陣がすばらしいだけに、惜しい!とか。