社会保障の問題は、財源の問題(だけ)ではない / 筒井淳也 / 計量社会学 | SYNODOS -シノドス-

この記事は2ページにまたがりやや長いが、マジで推奨する。
社会保障の問題は、財源の問題(だけ)ではない、という話しだ。さらに、「政府が社会保障にたくさんおカネを費やしているということは、社会保障が充実しているということではない」という事実。

1ページ目のグラフは難しいので、解読できるひとは是非チャレンジしてほしい。

そして2ページ目を読んで思ったこと。

社会保障費は、なんのためにあるのか? と考えると、単に困っている人に分配するだけではないのだ。
一番のかなめは、未来への希望のためだ。

具体的に言えば、出生力を確保することが一番大事なんじゃないか。

いくらその年の社会保障費がかろうじて確保できたとしても、出生数が下降する一方ならば、その次の年がどうなるのか、いっそう負担金が増えるだけではないか。

しかし、出生力さえあれば負担は一定程度を保てるし、自分の老後にも明るい希望がもてる。

出生力というと、女性の生き方を限定したり、あるいは産めない女性を傷つけるものとして避けられがちであるが、もとより子どもは親のものではない。

親のものなら、不要なら処分(捨てる、殺す)してもいいはずだ。
しかし実際はそうではない。愛せない、育てられない、面倒くさい、といって捨てたり殺したりはできない。

そんな人がいたら即逮捕だし、裁判経由で懲役刑を受けて社会に制裁される

たまに、これ見よがしにいかにもハッピーハッピーした赤ちゃん連れがいて、なんとなくムカつくことがあるが、それくらいは大目に見よう。将来社会保障費を払ってくれるカワイイベイビーちゃんなのだから。

むろん、人によっては赤ちゃんがいたからといってハッピーでない人もいるだろう。それぞれだ。ほんとうに、人はそれぞれだ。だから、個別にいろいろな人の事情は聞く必要がある。

しかし、確実にして普遍的な真実もある。

人は若い方へ向かって年をとることはできない、という真実だ。
一年また一年と確実に年をとり、確実に死に向かっている。

そして一人残らず、必ずいつか死ぬ

この厳然たる事実を直視した上で、出生力をあげるための具体的な取り組みを、人々を納得させる形で見せて、その上で消費税増税の検討ではないのか。

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追記:死や出産や、ひいては経血を穢れと見なす宗教があるが、人は死ぬ。いくら穢くても
   どんな宗教にもいいところはあるが、間違った影響ならば受けないようにしたい。