平成28年8月8日午後3時の、天皇の「お言葉」を振り返る

先日、『国体論』をざっくり読み終えました。そして一番に思ったのは、平成天皇が生前退位について語ったあの言葉を、自分はあまり真剣に考えなかったな、という反省です。
わたしはこの著者の真剣な受け止めに、おおいにinspireされました。
そこで、自分が「あの日」に体験したことをここに記録し、ネットの片隅に刻んでおきます。

平成28年8月8日月曜日、わたしは日勤で病院にいました。わたしの働く病院はせいしん科です。ひとつの棟に40人ほどが入院しています。棟の中央には食堂があり、大型のテレビが設置されています。患者サンの中には、テレビが好きな人、嫌いな人、番組次第では見る人と、いろいろいます。それに、人が何人もいる食堂ホールが苦手な人もいます。ですので、普段の昼間は多くて5~10人がいる程度です。

その日の午後3時に天皇が国民に向けて何かをメッセージする、という噂はかなりの人が聞いていたのでしょう。3時近くになると、ボツボツと人が集まってきました。患者サンだけでなく、職員も集まり始めていました。職員専用のテレビはないので、見るなら棟内の食堂です。

病院には、さまざまな階層の人がいます。一流大学医学部卒の医師がいるかと思えば、福祉の人が連れてきた1年も風呂に入っていない、先日までホームレスだった人もいます。わたしのような高卒の労働者で年収から立場から中庸な人間もいます。また、患者と一口にいっても、ホームレスクラスの人ばかりではなく(むしろ例外)、普通の家庭に育った若い人もいれば、何十年も入院して家族と縁遠い人もいます。

そういった諸相の中、いよいよ天皇が画面上で語り始めると、みるみる人の輪がふくらみました。入院中の患者サンがこれほど集まるのは稀です。

確かに日本が出場しているワールドカップやフィギュアスケートではかなり集まります。浅田真央さんや羽生結弦さんが金メダルをかけた闘いをする時です。が、この時をコップ1杯とするなら、平成天皇のお言葉は1リットルペットボトルです。

患者サンばかりでなく、通りすがりの職員もぞくぞくと集まってきました。棟は患者サンの安全のため鍵のかかっている閉鎖病棟なんですが、食堂はガラス張りになっています。そのため前を通った職員が、素通りできずに鍵を開けて中に入ってきました。押し合いへし合いになるほどではないけれど、中にいたわたしはちょっと押しやられました。

平成天皇のお言葉を、みな、身じろぎもせずに聴き入いりました。話しは10分程度で終わりました。終わるとみな、黙ってその場を去りました。誰一人、何も話しませんでした。

わたしも、頭にどんな言葉も浮かんでこなかったので、黙って次の仕事(検温とか、おむつ交換とか)に向かいました。

以上が、わたしの見た平成28年8月8日午後3時の出来事です。

 

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わたしが後で考えたのは、自分が属しているかもしれない何ものかを、人々は確かめようとしたのじゃないか、ということでした。患者サンの中には、家族に戸惑われたり見放された人もいます。あるいは家庭や勤め先にストレスを抱え対処できなかったり、人と同じ反応ができないために居場所がなかったり。

会社にも家庭にも、国にも国家にも生まれ故郷にも、どこにも属する場所がないと思えても、天皇の言葉の元ならば所属していると、思えたのかもしれません。

職員はどうでしょうか? 職員は一応、納税していたりするので、社会に属している気持かもしれません。あるいは、この病院に属している気持かもしれません。

実は先ほど、このお言葉の視聴率を調べました。「NHK視聴率は12・1%

12.1%とは、思ったよりも少ないです。自分の体感だと50%くらいはあるのですが。ただ自分も、その日が休日で家にいたなら、天皇のお言葉のためにテレビを付けたかどうかは自信ありません。人が集まっていたから見た、という側面が大きいです。患者サンらが、いつになく多く集まっていた、それに引っ張られたという側面が。

 

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(ここで念のために言いますと、せいしん科だからといって「皇室妄想」を持った人が天皇を慕って視聴した、ということはないと思います。皇室などの血統妄想は、自分が天皇の血筋の者だと思い込んで訂正不能に陥っている病態ですが、そういう人に、わたしは出会ったことがありません。20年くらい昔に一人くらいはいましたが)

 

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そんなで、4年前の出来事を、記憶を掘り起こして書いてみました。
次回もこれに関連したことになりそうです。

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