前回、30年以上も昔の自分史をさかのぼるのに夢中で、肝心要の本書について触れられなかった。
ので、これから触れる。

一番肝心な箇所は、著者が東京都指定の「難病」にかかってしまったということだ。
本書の1ページ目からして「なんか文章に活気がないな」とは感じたが、そのうち難病にかかった顛末が出てきた。わたしの知ってる橋本サンの文章というのは、難病であれ易病であれ病気全般と縁遠そうな、体力がありあまっているパワフルな自信が特徴だった。

それがなんとも弱々しくなっていたのだ。それで、妙に親しみを感じてしまった。

氏は、それでもこの事態にめげず、独自の乗り越え方法を編み出した。それを長いけど引用する。

 私は、体力があると気力が生まれて、気力があるとその先に知性が宿るというような人間なので、体力がなくなると連鎖反応的にぜんぶだめです。(中略)それでも愚痴を言わずに、「体力がなくなると全部だめ」の自分を立ち直らせる方法を考えました。それは「知力で気力を呼びさまし、それで体力を立ちあがらせる」という逆の方法で、そう考えて体力がなくてぼんやりと靄がかかっていることが多かった頭も、まだ疲れやすくはあるけれど、なんとなく起動するようにはなって、「体力がないからあまり大きなことが考えられない」と思っていたのが、「それじゃだめでしょ」と自覚できるまでにはなりました。

それで、「もう少し大きなことを考えよう」と思ったのだけれども、「分からない」の壁が立ち塞がって、「自分はもう終わった人だな、過去の人だな」という思いが迫って来た。(中略)(中略)

それで気を取り直して、「なにが分からないのかな?」と考え始めた。『「わからない」という方法』(集英社新書)なんかを書いた人だけあって、私は「なにがどう分からないんだ?」と探り始めると、元気になる。へんな人間かもしれないけど、「やる気を出す」というのは、そもそもそういうことだと思う。

「やる気がない」って時に、どうやったらやる気って出てくるんだろう? と悩むこと、誰にもあると思うけど、橋本サンは「ああ、こやって乗り越えたんだな」と思った。

こんな風に、誰でも「方法」ってありそう。考えることが苦手な人に考えろ、考えろと言っても逆にやる気がなくなるので、その人なりの「やる気の出る」方法を編み出すといい。自分の得意な方法で乗り越える。

って、思った。

振り返るにわたしは割合橋本方式でやってきたなと、あらためて思ったので、ここのところはほんとに共感した箇所だった。

アナウンスこの記事は2017/04/15に追加しました