わたしが働いている病院、せいしん科なんだけど、必ずしもせいしん科の病気の人だけが入院しているわけではない。
もろもろの理由で自分で自分が分からなくなっている人も入院していたりする。
たとえばAさん。とある感染性の疾患の後遺症で脳が萎縮しきってしまった。入院したてのころはまだ喋っていたのだけど、最近じゃほとんど言葉が出てこない。歩行の方もあやしくなってきて、食堂への誘導にものすごく時間がかかる。かといって、車椅子を使うと余計に歩けなくなるから、時間をかけてでも歩いてもらうしかない。ただ、いつでも歩行が困難なのではなくて、トイレットペーパーをガメた時だけは逃げ足が早い。サササーーーっとトイレットペーパーをなびかせながら自室へ駈けて戻っている。なぜトイレットペーパーをガメるのか分からない。おそらく一種のリビドーだと思われる。なにせ、Aさんはトイレットペーパーを口に入れてクチャクチャするのが大好きなのだ。Aさんはもとはかなりいい大学を出ているインテリ系の人で、よい職も立場も得ていた。なのでお金はある。Aさんの担当Nsが、盗人扱いされるAさんの立場を考え本人用のトイレットペーパーを買ってきた。のだけど、Aさんは病院の安いトイレットペーパーが気に入っているのか、がめる行為が気に入っているのか、そっちには見向きもしない。担当Nsもスタッフも「もうしょうがないねぇ、病院のやつがいいんだねぇ」と、諦めるしかなかった。そのAさん、だんだんとその力も落ちてきて、最近はあまりガメなくなってきた。ただ、食欲の方は旺盛も旺盛だ。とうに空になった皿をいつまでもスプーンですくって口に運ぶ。もう終わり、といくら言っても聞かない。最後は無理に盆を取り上げている。排泄に関しては、最初は自分でトイレに行けていた。といってもいつでもお行儀よくトイレでするわけではない。気に入らない出来事があると、その抗議のつもりか、わざと失禁をしたり、室内で放尿する。ことに男性Nsの某や某2が嫌いで、彼らと関わった後にはよくやっている。ちょっとした言葉づかいや態度でバカにされたと感じるのか、むかつくらしいのだ。Aさんの仕返しは、たっぷりと尿を膀胱に溜め込んでからであるから、とんでもないことになる。某や某2が床一面の尿を目の当たりにすると、これがまた我慢しきれずギャアギャアと大騒ぎ、そうなるとAさんも後で仕返しという、負のスパイラルでもうやってられない。「プロなんだからギャアギャア感情的になってはいけないのではないか」と思わないでもないが、某や某2にしてみれば、それでも十分に感情的にはなってないつもりだ。無論、尿ばかりではなく「大」の方もAさんにしてみれば有力な武器だ。ただ、使い勝手は尿ほど自在にいかない様子だ。以前は字やイラストを紙に書いていたので、いくらか脳内にある断片がつかめたが、今はそれもなくなった。喋ることは「はい」とか「うんこ」くらいだ。それでも自尊心だけは枯れていない。そんなAさんを見ていてつくづく思う。自尊心とは、食欲、性欲、金銭欲に比べて文化度が高い高尚なものかと思っていたが、実は食欲と同じ次元の生存のための本能、種の生存戦略なんじゃないか、と。

たとえば認知症の人の場合でも、「あつかいづらく」なるのはスタッフが自尊心を知らずに傷つけていることが多い。
一言で認知症といっても、アルツハイマー型やレビー小体型とあるので、ひとくくりにする気はないが、それでも自尊心を最大限に尊重しなければならないのに、変りはないだろう。お互いのためにも。

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