あるインタビュー記事に、作家 金原ひとみさん 性加害に迫る『YABUNONAKA―ヤブノナカ―』というのがあり興味を惹かれたので読んだ。
著者は本書を書くにあたって「そろそろこのテーマを書かねば」と焦るように執筆に取り掛かったと言う。何がそんなに氏を切迫させたのか。とりあえず読了した今、以下の事と受けとった。
1.文学界の闇:テレビ界、芸能界に蔓延していた性加害がこの数年で告発され続けた。実は、文学界や出版業界にもあった(ある)ということ
2.定義の変容:男女の関係として普通だったことが、いつの間にか「加害・被害」になる。それが意味することは何なのか? 意味次第では必ずしも責めることはできないのではないか。あるいは、今普通に行なっている行為が、のちの時代に罪になる可能性もあるのではないか
3.言葉の生存:文学離れが加速する中、言葉はどこで生き延びているのか。それはどういう形でなのか?
4.悪の正体:悪とは何か? 元をたどっていけば、誰しも納得できる理由があるのではないか?
構成はシンプルだ。「人の名前」を章題に14章で成り立つ。といっても14人の語りではなく、2回登場する者が6人と、1回しか語らない高校生2人、全部で8人で14章を形作る。この8人以外にも老若男女が入り乱れわたしの数えた限り7人が登場する。せっかくだから一人一人見ていこう。
🔹木戸悠介
有名文芸誌の編集長。文学の没落と同時並行して自信を失いウツになっている50代男性。この人の語りが、SNSの影響を受けていないことと文学的素養があるため一番読める。
二度目の登場章では、性的加害者として橋山美津に告発文をSNS発表されてしまう。さあどうする。が、それ以前にこんなに離婚ばかりされてて大丈夫なのかと心配になる。しかし最後の方で意外な啓示が外界からもたらされる。
🔹橋山美津
頭の回転が遅いだの顔がブルドッグだのとさんざんな評価を受ける実際才能に恵まれない作家志望の女性。せっかくSNSに告発文を発表したのに炎上して逆にバッシングされるという現代悲劇に見舞われる、踏んだり蹴ったりなかわいそうな女性。でも、最後の方、意外な形で救いが訪れる。
🔹長岡友梨奈
人気女性作家。性加害に対してすさまじいまでの正義感エネルギーで舌鋒鋭く攻撃する。行動家でもあるので、被害者にとっては頼りになる人物。ただ娘に対して取る態度はかなりひどい。ほとんど狂気。男たちの章よりキツい。キツすぎて2度目の章は飛ばし読みしてしまった。
🔹安住伽耶
友梨奈とその夫・安住克己の娘で大学生。母の「正しさ」を突きつける姿勢に苦しみ、性加害を受けた友人を救えなかった罪悪感や、自身が無性愛者であることから社会に馴染めず引きこもる。
🔹横山一哉
友梨奈の年下の恋人で会社員。どうしてこんな気の優しい人物が友梨奈にくっついたのかわからない。実際、いつも友梨奈の過激なフェミニズム発言を聞かされ、どう反応していいか分からず固まっている。しかし、この若い男性とくっついた、という一点で友梨奈も時代が時代なら「性加害者」とレッテル貼られる危険はある。
🔹五松武夫
文芸誌『叢雲』編集部員で、木戸の部下。木戸が橋本に告発された後に、自分もまさかの相手に告発される。頭も下半身もゲスすぎる。とはいえ自業自得な天罰がくだるのでエンタメとして面白い。
🔹越山恵斗とリコ
若者だからSNS言葉が多い。
以上が章題になっている人達。
その他に出てくる人
▫️安住克己
友梨奈の元夫で、収入不安定な美大の非常勤講師。
この人の章も欲しかった。なんで離婚しないのか? 憎しみゆえなのか? レイプを妻にしたの意味がよくわからなかった。
▫️優美
五松の元セフレ。五松の独白の中にしか出てこないが、なかなか痛快な人物。YouTuberとしてこれからも頑張ってほしい。
▫️Rina
かなりなことになっている。でもこの小説、勧善懲悪的要素があるので、ひどい目にあってても致命的ではない。その点安心して読める。
▫️坂本芳雄
高名な文学者なんだけど、女子大生を作家や編集者に斡旋していた疑惑が晩年になって浮上。詳細不明のまま病気で死んでしまった。まあ、正直、ここを追求したらかなりダークな代物になってた気がする。
▫️大学教員にレイプされ自殺した女子学生
この人は本当に被害者。
▫️その母親
被害者の母に寄り添うことは決して容易なことではないと戒めてくれる。
▫️半蔵佳子
昭和の作家。昭和三十七年生まれのわたしにはこの人の言ってること分かる。自分じゃ言わないけど
新しいフェーズへ
『YABUNONAKA』を読んで、性、あるいは「無性」について考えAIにもいろいろ聞いた。どうして五松みたいな発情様式あるのか、あれが男性のサガなのか? と。
決してそんなことはなくて、「現代の男性が抱く加害性は、相手への憎しみというよりは、『自分の機能を確認するための絶望的なドーピング』という側面があるのではないか」とか言っていた。そして、男性の性を「性能力」という物差しで測るとしたら、それも立派に性加害なのではないかとも。
リコたちがこれから体現していくことは、若い世代だけではなく、全世代の意識変容が待たれる新たなフェーズに入った、ということかと。
そういうことで、本書は500ページを超える言葉の物量でSNSを凌駕した、と言って過言ではない。
