オードリー・タンさんがまた難しいことを言っているが、実は簡単至極だったりする。

Humane Radicalism by Informational Democracy

Visioning · Audrey Tang on civic AI that communities invite in and send home

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台湾のデジタル天才オードリー・タンさんが、怒涛のAI開発時代に伴走して、いろいろ言っている。

今回もHumane Radicalismという、日本語翻訳しても何のこっちゃかさっぱしわからないエッセイを執筆して、AI時代の考え方について提言を行なっているのである。

もちろんわたしは自力じゃ無理なので、翻訳+AI解釈で、かろうじて理解した。彼女の話は、トヨタだ、ユタ州の法律だ、インターネットプロトコルだ、TikTokだとあちこちに飛ぶので頭混乱するけれど、実は言ってることはシンプルらしい。

✨ AIによる要約

AIに社会を任せるな。
地域や職場など、実際に問題が起きている場所にいる人たちが、自分たちで問題を考える。
AIはその手伝いをする。
AIが出した答えには、必ず責任を持つ人間を置く。
そして、必要なくなったらAIには帰ってもらう。
大きな中央集権的AIを一つ作るのではなく、小さな共同体がそれぞれAIを持ち、それらが緩くつながればいい。
賢いのはAI一体ではなく、つながった人間社会全体なのだ。

とのこと。そのほか、三原則も提示していて、「誰が呼んだ?」「誰が責任を取る?」「誰が帰せる?」

✨ AIによる三原則の解説

– Who asked?(誰が呼んだ?)
→ 「誰の意思・どんな手続きで、このAIを導入したのか」。これは個人名とは限らない。たとえば「この地域の住民集会が、この問題を検討するために導入した」でいい。重要なのは、AI企業が勝手に入り込んだのではなく、使われる側からのmandate=委任・付託があること。

– Who answers?(誰が答える?)
→ ここは明確に名前のある人間。AIが要約や文章を作っても、最終的に「この内容について質問されたら私が答えます」という人が署名する。オードリー自身、a named human signs and can be called to account と書いている。

– Who sends it home?(誰が帰す?)
→ これもかなり具体的。AIをやめる権限を持つ人をあらかじめ決めておく。 病棟の例なら、勤務交代を助けるAIを導入したとして、必要なくなったらcharge nurse(責任者の看護師)が廃止を決める、という例まで出している。さらに「撤退の計画と予算」まで最初から用意せよ、と言ってる。

ここ、ほんと、大事だよね。「AIがそう言ってますんで」「AIがいうんだから間違いないっすよ」「あなたの考えよりもAIの考えでしょ」とかって、なりそうだもんね。

ただ、当方、これ読んでて思い出したんだよね。ずっと前から思ってたこと。どうして優れた設計家とか科学者とか数学者とかは中央に行ってしまうのか? 地方地方にいるべきじゃないか? 問題は現場で起きるのに、どうして遠くへ行ってしまう? と。

今だって、八潮市の道路陥没みたいに老朽化するインフラ設備、台風が来たら大規模な水害、その都度必要になる避難所、ひきこもりの問題、登校拒否etcetcetc….専門的知見を持つ人って、「その場」に必要じゃないのか。市役所の人とか、ある程度土木科とか出てるのかもしれないけど。

そんなで優れた建築家は東京へ、研究者は大きな大学や中央の研究施設へ、専門家は中央官庁や大企業へ。中央は専門知が蓄積されるけれど、その知識が必要な具体的な場所からは遠くなる。

タンさんも、これに近いこと言ってるらしい。

彼女は「社会全体を理解して最適な答えを出す巨大な中央AI」を構想していなくて、小さな共同体ごとに、その場所の事情に結びついた小さなAI=Kamiを置こうと言っている。

それは川、森、地域などに結びつく日本の「神(kami)」から名前を取っていて、「small and bound to one place or practice(小さく、一つの場所や営みに結びつく)」ものだ、と明記。

そして、それらを中央で統合して巨大な一個の知性にするのではなく、

小さな知性 ↔ 小さな知性 ↔ 小さな知性

のようになる。というイメージ。そして、全体とはプロトコルなのだ

と。

プロトコルってなんだっけ? →→、**プロトコル(protocol)=「お互いにつながるために共有している約束事・手順」**
たとえばインターネットでは、世界中のコンピュータが同じ会社に所属しているわけじゃない。でも、**「こういう形式でデータを送ろう」「こう来たらこう受け取ろう」**という共通ルール=プロトコルがあるから、バラバラのコンピュータ同士が通信できる。

私の町は私の町で決める。
あなたの町はあなたの町で決める。
でも「基本的人権は守る」「他の町へ移れる」「町同士で情報交換できる」という最低限の約束だけは共有する。

という事。

いや待って、Kami なんて本当に言ってる? すごくない? Kami なんて。と思って見たら、ちゃんと言ってた。

I call a system built this way a Kami, or knowledge artefact management intelligence, after the local kami of Japanese tradition, each belonging to a river, a grove or a neighbourhood. A Kami stays small and bound to one place or practice. It is open, and light enough to run on hardware a community owns, which makes democracy something people can cook at home. The facilitation kit at a kitchen table should be the same kit a ministry uses.

引用元タンさん

私は、このように構築されたシステムを「カミ(Kami)」、すなわち「知識アーティファクト管理インテリジェンス」と呼んでいます。これは、日本の伝統における、川や森、あるいは地域にそれぞれ宿る「神(カミ)」にちなんで名付けました。カミは小規模であり、特定の場所や慣習に結びついています。オープンであり、コミュニティが所有するハードウェア上で動作できるほど軽量であるため、民主主義を人々が自宅で実践できるものにしてくれます。 台所の食卓で使うファシリテーションキットは、省庁が使うキットと同じものであるべきです。

その日本語訳

ファシリテーションキットが難しいけれど、「みんなで話し合って、意見を集め、合意点や相違点を整理するための道具一式」くらいの意味。「近所の人が台所のテーブルを囲んで話し合うときに使える道具と、政府の省庁が市民の意見をまとめるときに使う道具は、同じものであるべきだ」
という考え。

「ファシリテーション」は、会議で偉い人が結論を出すことではなく、参加者が話しやすくしたり、意見を整理したり、合意点・対立点を見えるようにしたりして、話し合いを進めること。

とのこと。

これ、もっといえば、その話し合いに、人間以外の生き物も参加できることになるのじゃないか

そう思ってAIに聞いてみた。『できるんじゃない?!』と。そうしたらこう答えた。

✨ AIによる生態系参加の方法

もちろん、動物は会議に参加できないので、

AIが、動物について分かっている科学的情報を、会議から脱落させない役をする。

これ、「私はカエルです。反対です」とAIが言う、ってことじゃない。

それをやると、人間が想像したカエルの意見になる。

人間の意見に加えて、

+動物の生態について分かっていること
+分かっていないこと
+環境への予測される影響

これらをまとめて会議に参加する。

・・・つまり、できなくはない。

AIなら、ここの分野で真価を発揮できる。人間がAIに支配されて気力を失う事もない。願ったり叶ったり。Kami様に手をあわそ🙏

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