
2025年2月にAmazonプライムで『Broken Rage』が出た時は、そりゃ喜び勇んで見た。何が出てくるんだ!? 何が始まるんだ? アウトレイジの続きみたいなもんなのか? それともそれを破壊したドラマなのか? 期待半分、怖さ半分。目を半分覆いながら、ドキドキする胸の鼓動を鎮めながら。
本編は二つにきれいに別れている。前半のノワールと、その「スピンオフ」の後半と。
去年最初に見た時、前半にしろ後半にしろ膝カックンをくらった気分になった。前半ではネズミがかっこよくなかった。殺し屋なのに汚いおじさんにしか見えない。腹が出過ぎている。なのに遠慮なくドアップが多い。年齢差別をひごろからゆるせない当方ですら、「やっぱり年はとりたくない」って感じだった。
それでも後半のギャグが冴えてて面白くて笑えるのならば、まだ良かったが、それもそうじゃない。しつこいくらいネズミが足をぶつける。お笑いの古典のつもりなのかやたらと転ぶ。これがあのタケシなのかと。
ただし、これが「衰え」と言うことなのか、何か他の事柄なのか判断できなかった。アマゾンレビューは軒並み悪評だらけだった。少なくとも、人々が崇拝し憧憬する映画人北野のカリスマ性は、本人によって破壊されていた。それはもちろんすごいことだった。とは言え、北野作品が出るとだいたい感想をUPしていた当方だけれど、↑その一点だけでは尺がたらなくて、何もUPできなかった。
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そう言うことで、ふいに思い出してまた見たくなったので、さっき二度目の鑑賞をした。
最初に見た時よりも、心の準備ができていたせいなのか、かなり面白かった。ネズミの住むアパート。ここからして、ドラマの原風景と言える。何もない。ボロい。汚い。カンカンと上る外階段が良い。
ネズミの持ち物を削ぎ落としたミニマルな暮らしが心地よい。汚いおじさんと思っていたけれど、そうでもない。
何より気づいたのは、ここにある空間が、映画の空間でもドラマの空間でもない。ネットフリックスのドラマにある様な、あの空気ではない。みんなで懸命に着実にシナリオをこなすあの空間と違う。でありながら、すべてのカットに不要な要素がない。
後半の痛い、と揶揄されてたギャグも普通におかしくて笑った。覆面捜査官で覆面かぶってるって、ベタのベタベタすぎて、そこも笑っちゃた。
「コマネチ」で笑ったの、何十年ぶりだろう?
カリスマを降りたことを、あらかじめ知っていたから、安心して笑えたのだろうか?
