JALには乗らない方がいい。エゴイズムの塊にしか見えないから危険

隠された遺体』には色々書いてある。もちろん日航123便事件の事が書いてある。

が、最後の章はそれ以外の事だった。

今年の1月2日に、海上保安庁の飛行機と、日航のジャンボ機が追突した事故があった。

あれの事が書いてあったのだ。当方、あの事故にはほとんど興味を持っていなかった。

そもそも自分は日航機に乗らない。

LCC専門。

したがってまず羽田空港に行かない。

なので「追突事故なんて怖いなあ。でも誰も亡くなってないんだ。CAが大活躍したんだね、あ、その流れでJALの新社長がCA出身の人になったんだ。ふーん」

と思っただけだった。

当然、女性が社長に抜擢されるとは、なんか裏があるな、とは思った。

都合が悪くなると女性を利用するのが、日本の上層部の常だからだ。

まっとうな競争で女性に席を譲るなんて、考えにくい。

まあ、それよりこっちは地球環境と生物多様性の保全に興味があるので、そっちはいいや。

なので、その事故の章は読み飛ばそうとしてのであるが、チラリと読んで驚いた。

「誰も亡くなっていない」なんて認識はとんでもなかった。海上保安庁の飛行機に乗っていたのは「特殊救難隊」のスペシャリストで、五名も亡くなっていたのだ。(機長は重体)

なんてこったろう? チラリとしかテレビを見ない当方でも、CAが大活躍して乗客は皆助かった、という理解はあったのに、海保側の死者についてはインプットされていなかった。

海保の特殊救難隊のスペシャリスト達は、前日に起きた能登半島の地震のために出動していた。該当する箇所を引用しよう。

この「ボンバルディアDHC8-300型『みずなぎ1号』だけが流されずに格納庫にとどまった。その後、ボンバルディアの技術者によって修理されて、被災から復旧した世界初の飛行機として、2012年に羽田航空基地に移り活躍してきた。事故発生の前日の1月1日夜は、新潟県や富山県沿岸の状況を確認するための飛行をしていたという。その後に、羽田空港から「特殊救難隊」を搭乗させて石川県小松空港に向かい、二日午前二時頃に羽田に戻った。同日の午後五時四七分頃、再び離陸のために滑走路上に四〇秒ほど待機して、能登半島大地震の救助や物資の支援に向かう途中であった。

(能登半島の地震に関連する箇所は当方が太字にした。海保の飛行機の名前「みずなぎ1号」というのである。2011年の東北沖大地震で活躍した飛行機らしい)

この「特殊救難隊」、技能試験でトップの成績を修めた人たちで構成されている、という。

そんだけの人材、言ってみれば国の財産みたいな貴重な人たちってこと。

彼らを失ったことで、能登の被災地に影響がなかったわけがない。

働いている人なら誰しも知っているだろうが、能力のある人間とない人間では、その働きには雲泥の差がある。

平時ならいい。能力ないならないで、それなりにやればいい。

けど、生死がかかっているような場所では、そんなノンキな事は言っていられない。

ちゃんと訓練された優秀な人が来てくれることが希望になるのに、そういう人が死んでしまった。

もーどうしてくれるんだよ。ってハラワタ煮えるわ。

JALの広報活動がすごくて、マスコミはそれにのせられた。

1月2日、実は18分も避難させる時間がCAにはあった。

著者の青山氏は、90秒で500人を避難させる訓練しているのがわたしたちCAなのよ、と胸をはる。すばらしい。

JALの誇大な広報活動によって、また真実究明が遠のいている。

ボイスレコーダーの公開もまだできていない。どんだけボイスレコーダー隠せば気がすむんだ、って感じ。

ハラワタ煮えるわ。

海保側も相当疲弊していたことは確かだろうし、非がなかったとは断言できないだろうけど、公正に情報を公開すべきだ。